大ボラ吹きサヴァランの珈琲礼賛

『美味礼讃』という本を読んだことがなくとも、以下のような格言を耳目にしたことのある人は少なくはないだろう。

 

“どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう。”

 

言い換えてみれば「人は食べているものによってその本質が決まる」という、ある種のアフォリズムだ。では、この謹厳に何らかの形で触れ、諳んじることのできる人の中で、この発言者の名を知る人間はどれほどいるだろうか。さらには、ブリヤ=サヴァランの名前まで挙げることができる人の中で、彼がどのような人物だったかを知っているとなれば、かなり目の細かいふるいにかけられることになるのではないか。

 

ブリヤ=サヴァランは、は、18世紀半ばフランスに生まれ、19世紀初頭まで生きた政治・法律家。美食家として知られ、その経験と知識を活かし、晩年には食について総合的に綴った著作『美味礼讃』を記したことで後世に名を残した。『美味礼讃』は、より原題に忠実に訳せば『味覚の生理学』となり、いかにも科学的に料理や味わいを分析した書物のように捉えられる。しかしその内実よりも上記のようなアフォリズムが先行し、同書の内容が語られる機会は今やそう多くはない。

 

本書は、20世紀の料理人、辻静雄が18世紀の美食家が残した食に関する言葉を精読し、批判的に語り尽くした講演の記録である。とにかく、書名にはじまり、史実に至るまで、関根秀雄による旧訳に対する訂正を皮切りに、一流の料理人が批評家を言い負かしていくような、スリリングな面白味のある一冊である。『『味覚の生理学』を読む』という著作を持つ思想家、ロラン・バルトの言葉を引用しながら、かの有名なアフォリズムもバッサリ切り捨てていく。

 

例えば最も有名な上記の言葉、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう。」に対しては「大ボラ吹き」と一蹴、ただし社会層の違いが食べ物に表れることはあると語っている。さらには、通読して「味に関する表現は意外と少ない」と看破、日本料理の椀物のような食べたあとに出てくる味わいなどを引き合いに、その曖昧さを指摘する。

 

本書ではコーヒーに関して綴られた部分はほぼ取り上げられていないが、『美味礼讃』本文にはサヴァランが法務大臣だった頃のエピソードが綴られている。

 

重要な書類の検分を依頼された彼は、午餐の後に濃いコーヒーを二杯飲み干した。その夜目が冴えて眠りにつけず、そのまま40時間も眠ることができなかったのだという。

 

辻静雄による分析を読んだ後では、グルマンという人種がいかに暗示にかかりやすく、非科学的であるかを示すエピソードのように読めてしまうのが不思議だ。

グアテマラ エルインヘルト ウノ
グアテマラのメキシコ国境近く、ウエウエテナンゴ県南部の山岳地域に位置するエルインヘルト農園のコーヒー。特徴は、ラズベリーのような香り、オレンジのような酸味、フルーティな甘さ。コーヒーの実がフルーツであることを体験できる、クリーンな味わいです。