Less or more?

コンビニでコーヒーをテイクアウトすることが、日常的行為になって久しい。今では自分の店にコーヒーメーカーがあるので日々の一杯は自前で済んでいるが、不慣れな場所を訪れたり、長距離運転などのタイミングには、100円でコーヒーをテイクアウトすることに対して抵抗はなくなった。これまでなかった習慣が身につく瞬間とは、誰しも忘れがちなことではあるが、コンビニのコーヒーに関しては些細な記憶がこびりついていて、非日常だった頃のことを鮮明に思い出すことができる。

 

某コンビニエンスストアが店内にコーヒーメーカーを設置した際に、話題になったのがそのデザインであった。某有名デザイナーが手掛けたそのマシーンは、日本語の説明書きを最小限におさえたスタイリッシュなもので、その結果操作間違いが相次ぎ、各店舗でデコラティブなハンドメイドの補足が続発したという。完成されたデザインに、テプラで貼り付けられた注意書きの数々は、いかにも素人仕事で、目にうるさく、美しくない。それをもって「デザインの敗北」などの揶揄がSNS上で散見されたが、最小限で多くを伝えようとするデザイン概念はその頃に始まったことではない。

 

“LESS IS MORE”というシンプルな提言で知られる、ドイツのインダストリアルデザイナー、ディーター・ラムスは、日本では電動シェーバーで知られるブラウン社において数多くのプロダクトをデザインし、世に送り出している。先の言葉通り、無駄な装飾を削ぎ落とした最小限のフォルムはモダンデザインを体現するような名作揃いで、今なお古びることがない。

 

彼の有名なデザイン哲学の中にこういう一節がある。

 

「グッド・デザインは、製品の構造が明確で、そのものが語りかけてくる。最も優れたデザインは、それ自身がすべてを説明しているものだ」(拙訳)

 

彼のコンプリートワークスを収録した作品集を紐解くと、ブラウン社との仕事においてラムスは二度コーヒーメーカーを手掛けていることがわかる。1970年に同社のデザイナーと協同で制作したものはプロトタイプとして世には出ていない。円筒形の上部には貯水タンクが、その下二弾には同じサイズの取っ手付きのマグカップが2つ積み重ねられるように収納されている。グレーの本体にイエローの取っ手部分が鮮やかで、まるでミニマルなオブジェのような美しいデザインだ。

 

このコーヒーメーカーがプロトタイプとしてお蔵入りした理由は痛いほどよく分かる。このマシーンを手にした消費者は、一見ではどのように使えば良いのかどころか、これがコーヒーメーカーなのかどうかすら理解しにくいだろう。

 

説明書などが付属され、同じユーザーが繰り返す家庭向け製品ではなく、不慣れな不特定多数が訪れるコンビニに設置するコーヒーメーカーをラムスが設計したとすればどのようなものになったのだろうか。そもそも彼が某コンビニエンスストアの依頼を引き受けたかどうかすら疑問だ。

COFFEE PROFILE
小川珈琲 スペシャルティコーヒーブレンド 002
個性豊かな風味を持つスペシャルティコーヒーの中でも、厳選されたコーヒー農園の豆のみ使用した「小川珈琲 スペシャルティコーヒーブレンド」シリーズ。ブラジル ハイーニャ農園の豆をメインで使用した「002」は、バタートーストのような芳ばしい香りとミルクキャラメルのような優しい甘さを活かして、苦味と甘さが調和した味わいに仕上げました。最初の一杯は、何も足さずにスペシャルティコーヒー豆の豊かな風味を楽しんでみては。