スウィート、ビター、マイルドな「ひとり」

ザ・バンドのロビー・ロバートソンによるプロデュースでデビューしたハース・マルティネスのアルバム、「ハース・フロム・アース」は、本国よりもここ日本に熱心なリスナーの多い隠れた名盤だ。その冒頭を飾るのは、木枯らしのようなシンセサイザーと共に始まる、シンコペーションするギターが生み出す柔らかなグルーヴが心地よい軽快な名曲だ。その曲調とは裏腹に、歌詞の内容は苦々しい。

 

独り身の男がある日、未確認飛行物体を目撃する。そのまま金縛りに合った彼は、UFOからの啓示を受ける。「これからは平穏と調和とひとつになれる、たったひとりで」と。おそらく歌い手である主人公はそのことをきっかけに、ひとりで生きていくことを受け入れる。描写は断片的ではあるが、全体を俯瞰するとそんなストーリーが唄われていると解釈している。

 

洒脱さと諧謔の底にある諦念。軽快な諦め、詩的な自虐。いずれも相反する要素だが、それらが共存しているからこそ、この曲は味わい深く、飽きがこない。

 

1999年、そのハース・マルティネスの名曲「ALTOGETHER ALONE」を副題に冠したディスクガイドが刊行された。配信どころかiPhoneもiPodさえも存在しなかった時代。ジャンルでも、DJユースでも、レア度でもなく、4人の選者の気分を重視した「ひとり」を感じ、「ひとり」で録音され、「ひとり」の雰囲気が濃厚な音盤の数々。500枚にも及ぶレコードの数々はたった3つの「テイスト」”SWEET”と”MILD”と”BITTER”に分類されている。音楽のインプレッションをコーヒーにたとえ、ミルクたっぷりのスウィートな味わいから、苦味が際立つビターなものまで。コーヒーに例えるあたりが秀逸で、どれほど甘かろうとも、やはりその奥底には、「ひとり」の深みと苦味を感じ取ることができる音盤揃いだ。

 

味覚は人それぞれ、とは言うが、甘党であれ辛党であれ、その奥底にある滋味、渋み、苦味は、ひとりじっくりと向き合うことなくしてたどり着くことは出来まい。コーヒーという、限りなく曖昧な飲料はその極端な例であり、社交の中心にある形式としてのコーヒーもあれば、男女の真ん中にある言い訳としての一杯もあるだろう。そういった味覚のあり様を、レコードを重ね合わせたのがこのディスクガイド『ひとり』なのだ。

 

ひとりスピーカーに向かい合い、ハース・マルティネスの「ALTOGETHER ALONE」に針を落とす。そのときに、あなたはどのようなコーヒーを選ぶのか。非常に苦々しく感じ、ビターなコーヒーを合わせる方もおられるだろう。しかし、この曲が”MILD”の項目に分類されているあたり、1999年当時の、選者たちの成熟と老成を感じさせてくれるではないか。もしかすると誰もが、ある人生の局面において、同じ曲を甘くも苦くも感じることがあるのかもしれない。本書を「味わい」、「聴きながら」そんなことを考えた。

 

COFFEE PROFILE
インドネシア ウーマン イサク オランウータンコーヒー
絶滅危惧種であるスマトラオランウータンとタパヌリオランウータンが住む森の環境保護や、現地の生産者の生活を豊かにすることを目指した、「オランウータンコーヒープロジェクト」から生まれたコーヒー。インドネシア スマトラ アチェ州で育ったアラビカ種100%で、クローブのようなスパイシーな風味、キャラメルのような甘い後味が特徴。濃いめのエスプレッソで、もしくはミルクを加えてマサラチャイのような味わいで楽しむのがおすすめです。