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栽培から抽出まで、美味しいコーヒーを
楽しむために知っておきたいこと、すべて。

好みの味のコーヒーを購入したいとき、皆さんは何を基準に選んでいますか? 生産国? ブランド? それともスタッフのコメント? そもそもコーヒーには種類がたくさんあって、その違いもわかりづらいので自分好みのコーヒーを見つけるのが難しいですよね。

この『珈琲の教科書』では、皆さんが“難しい”と感じていることを“楽しい”に変える情報を発信していきます。一般的な知識はもちろん、「小川珈琲」の“珈琲職人”だからこそ知り得る専門的な見解も惜しみなく。ぜひ、自分好みのコーヒー選びのガイドラインとして役立ててください。

例えば「コーヒーの味が変わる理由」を知れば、コーヒーメーカーで淹れるコーヒーが格段に上質なものになります。「コーヒーが育つ環境」を知れば、栽培されるエリアや品種で味の傾向が違うことがわかり、栽培国への興味が沸きます。「コーヒーの淹れ方」を正しく学ぶことで、自分好みの味の輪郭とその作り方が見えてきます。

この教科書を読み終える頃にはきっと「私は〇〇で△△なコーヒーが好き!」という発見とともに、コーヒーが生活を潤す存在になってくれるでしょう。
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原料

コーヒーは農作物。
果実の種子から作られる。

味の違いがわかるようになるには?
1つ目のカギは原料を知ること。

 多くの人は真っ黒な粒を「コーヒー豆」だという。生産国や銘柄が違っても、その姿カタチはさほど変わりない。しかし所変われば品変わる。生産国では濃い緑色をしたものを「コーヒー豆」と呼ぶ。そもそもコーヒーは、植物であり農作物なのだ。だから、良くも悪くもその年の気象の影響を目一杯に受けて育つ。さらに「美味しく育ってほしい……」という作り手の想いや、栽培の難しさを乗り越えた苦労が味の安定性や品質向上に繋がっている。こうした背景を知っていると、あの琥珀に輝く液体が、いや、1粒のコーヒー豆でさえ尊く感じられる。
 ところで、「コーヒーの味の違いとは何か?」と聞かれると少々答えに迷う。なぜなら、品種・生産国・精選方法・焙煎・保管・淹れ方など、複数の要因が複雑に絡み合うからだ。焙煎後の黒いコーヒーの粒から植物的な「コーヒー」を想像することは難しい。しかし、植物としての「コーヒー」を理解すると、根本的な味の違いがわかるようになる。コーヒーの味がなぜ違うのか? まずは、この章で1つ目の壁を突破したい。コーヒーについての学びはそこから始まる。

植物としてのコーヒーが
収穫されるまで。

 コーヒーはアカネ科のコフィア属に属する熱帯植物。世界中どこでも栽培できるかというと、もちろんそんなことはない。主な栽培エリアは、赤道を挟む南緯北緯それぞれ約25度のコーヒーベルトと呼ばれる地帯だ。ただ、近年の温暖化現象に伴う影響を大いに受けており、数十年後にはコーヒー栽培エリアが一変している可能性もある。
 コフィア属には100種を超える種が存在している。その中でも人が好んで飲むのはたったの2種類。それが、コーヒーの全生産量の60%程度を占めるアラビカ種と、40%程度を占めるカネフォラ種(ロブスタ種)だ。それぞれの種は、平均気温や雨量など栽培に適した条件に違いがあり、栽培地域・国は棲み分けされている。

 では、コーヒーの成長を追っていこう。種子であるコーヒー豆は、土に植えるとひょっこり芽を出す。そこにはコーヒーが種子であった名残(コーヒー型の殻)を見ることができる[fig.01]。苗床で数か月かけて成長させたら、健康状態の良い苗木だけを選抜し、いよいよ栽培エリアに植え替える。おおよそ3年も経つとコーヒーの木に白い花が咲く。
 コーヒーの花は白く、雨を合図に一斉に開花する。そして農園がジャスミンのような香りに包まれる。開花期間は短く限られていて、その様子をひと目見ようと農園を訪れる人も多い。花が散るといよいよ実りだ。
 コーヒーの実は青緑色から始まり、成熟とともに大きくなり、色合いも徐々に赤みを帯びてくる。その姿はまあるく赤くサクランボに似ていて、コーヒーチェリー[fig.02]と呼ばれている。真っ赤に色づいた実が完熟果実で、収穫タイミングの目安となる。赤と言ってもオレンジ寄りの赤と、紫寄りの赤ではその味わいや種子の成熟度合いが異なるため、均一な状態のコーヒーチェリーを収穫しなければならない。なぜなら、熟度のバラつきは味に悪い影響を与えるからだ。収穫はタイミングが重要。1日も待ってはくれない。これこそが「コーヒーはフルーツ」と言われる所以だ。

[fig.01]

苗床に植えたコーヒーの種子(コーヒー豆)が発芽した様子。

[fig.02]

コーヒーチェリー。サクランボのような赤い実が、ぶどうのように連なって実る。

コーヒーチェリーを覗く。

 通常、1個のコーヒーチェリーから、2粒のコーヒー豆が採れる。向かい合わせの面が平らなのでフラットビーン[fig.03]と呼ばれ、多くはこの形状をしている。稀に種子が1つしか入っていないものもあり、そちらはピーベリー[fig.04]と呼んでいる。ピーベリーの特徴は丸く俵型、麦チョコみたいな佇まいで、収穫量はコーヒー豆全体の5〜20%程度しかない。その珍しさからフラットビーンと区別して販売されることもある。

[fig.03]

フラットビーン。コーヒーの実の内部に平らな面を向かい合わせて2粒1組で入っている。

[fig.04]

ピーベリー。1つの種子がコーヒーの実の中いっぱいに育つため丸い形をしている。

 種子の周りはパーチメントと呼ばれる殻に包まれていて、パーチメントはミューシレージと呼ばれる粘液質に覆われている。その周りが果肉(パルプ)、そして1番外側は丈夫な果皮で守られている。[fig.05]この種子を飲み物の状態にまで手を加えるのだから、コーヒーを作り上げる過程は途方もない苦労があると想像できるだろう。

[fig.05]

フラットビーンを内包したコーヒーの実の解体図。

強くたくましいカネフォラ種と、
繊細なアラビカ種。

 アラビカ種の特徴は、飲む人を魅了する優れた香りと味わい。商業的に栽培されているアラビカ種の栽培品種は少なくとも30種類以上あるといわれている。高地での栽培に適していて、湿度や病気の影響を受けやすく、1本の木からの収穫量は多く見込めない。
 原産国はエチオピアでティピカという品種を起源としているものが多い。ティピカはきれいな酸味と甘みが際立つ伝統的なコーヒー。このティピカをベースにし、病害への耐性や栽培条件に合わせた品種改良が進められてきた。とはいえ、コーヒーは同じ栽培品種であっても、生産国や精選方法によって味わいが大きく異なり、飲み比べをするとその差に驚くことがしばしばある。

 カネフォラ種の栽培品種には、ロブスタとコニロンがあり、そのほとんどはロブスタが占めている。だからカネフォラ種をロブスタと呼ぶことも多い。カネフォラ種はアフリカが原産国。アラビカ種に比べて病気に強いうえ、高温多湿のエリアでもたくましく育つ。アジアだとベトナムが主な生産国で、全世界のコーヒー生産量ランキングでは、ブラジルに次ぐ第2位を誇る。供給が安定していて、加工をしても味の変化が少ないため、インスタントコーヒーや缶コーヒー、アイスコーヒーなどの加工用のコーヒーに用いられることが多い。余談だが、ベトナムではカネフォラ種の深煎りコーヒーとコンデンスミルクを入れて一緒に抽出するベトナムコーヒーが有名。豆自体の風味に関してはアラビカ種より乏しいものの、穀物を煎ったような香ばしさが強く、コクやボディ感をしっかりと感じらるためコンデンスミルクによく合う。また、ブレンドの際、コーヒーらしいガツンとしたコクを出すアクセントに使われることも。近年は、その栽培のしやすさ、1本の木からの収穫量の多さという特徴を活かした、アラビカ種とカネフォラ種を掛け合わせたハイブリッド品種も増えている。

もっと強く、美味しく!
品種改良で進化するコーヒー。

 食品は品種改良の歴史に彩られている。その主な理由は2つ、「味の向上」と「栽培をしやすくするため」。コーヒーでは風味に優れたアラビカ種の品種改良が活発だ。代表的な例として、ティピカ、ゲイシャなどの在来種から、突然変異によって生まれた木をだけを選抜し、栽培を繰り返すことによって特性を確立させたブルボンマラゴジッペカトゥーラなどの「突然変異種」。ムンドノーボカトゥアイなどの在来種同士を交配させた「交配種」。カティモールコロンビアイカトゥなどのカネフォラ種などを交配させる「ハイブリッド種」が挙げられる。
 品種改良によって生まれた美味しさもあれば、偶発的に生まれた驚きのコーヒーもある。例えば、パナマ エスメラルダ農園[fig.06]のゲイシャ。病気で荒れ果てた農園にたまたま植えられていたエチオピア原産のゲイシャ。この木だけが被害が少なかったことに気づいたことからゲイシャの栽培を始めたという。農園が有する微気候(マイクロクライメイト)とゲイシャの出会いは、それまでにない奇跡的な風味を生み出し、瞬く間に世界中にエスメラルダ・ゲイシャの名を広めることになった。希少価値も高く、そのうえ高品質となれば高価格で取引されるのも納得。まさに、マイクロロットで丹精込めて作られる、スペシャルティコーヒーを代表するコーヒーといえるだろう。

[fig.06]

パナマ エスメラルダ農園の看板。パナマ西部、バル火山の西側斜面の平均標高1,600mに位置。有名なコーヒー農園がひしめく地域にある。

生産エリアによる味わいの特徴。

 実は、コーヒーの味わいの傾向は、栽培エリアを知るだけで想像できる。例えば、産地が東南アジアと聞けば、酸味は軽く、スパイス系の風味をたくさん感じるコク深いエスニックな味わいが思い浮かぶ。中南米産は、柑橘系の酸味やチョコレート系の風味があり、後味はさっぱりしている。中にはフルーツジュースを思わせるコーヒーに巡り合えることもある。アフリカ産ならば、パッと明るい酸味、花やベリー系の風味があり、ユニークでインパクトのあるコーヒーが多い。こんな風に、育つエリアで味わいの傾向に差が出るので、好みのコーヒーを生産国で見つけるという楽しみ方もできる。ただ、近年は「〇〇〇らしくないけど、美味しい」と高評価される場合もあり、コーヒーは進化し続けているのだなと実感する。

栽培からカップに注がれるまで。
コーヒーで世界をつなぐ。

 他の飲み物にないコーヒーの独自性。それは、生産国では完成しないというところだ。焙煎、抽出といった工程を加えないとコーヒーは本当の意味では完成しない。コーヒーは農作物であり、生育環境、収穫年度による作柄で味や香りが変わる。また、樹種、品種が味に影響し、さらには精選工程の影響も大きい。つまり、安定した美味しさの追及はかなり難しいのだ。だからこそ、小川珈琲は決して追及の手を緩めない。なぜなら、生産者の思いも一緒に受け継ぎ、コーヒーを完成させる責任が我々にはあるからだ。彼らのあつい思いも大切にお客様に届けたい。

第2章 産地 >