カフェという小宇宙

良い店には多くの情報が詰まっている。例えばそれは、本棚を模した壁紙や、額装された真新しいヌーヴェルバーグ映画のポスターなどではなく、長い時間をかけて蓄積されたもの、多少ロマンチックな物言いをすれば、「ストーリー」のようなもの。老舗の居酒屋に置かれた、常連たちが長年腰掛けることによってピカピカに磨かれた丸椅子の座面、喫茶店のカウンターに何気なく掛けられた絵画にまつわる、かつて常連だった画家の込み入った話。古書店のガラスケースに入った、売り物ではない署名本、特定の客以外は座ることの許されないテーブル席。そういった物語が積み重なることによって、そこはある種の小宇宙めいた空間となり、時空を超え、テキストや口承によって語り継がれることになる。

 

イタリアの作家、クラウディオ・マグリスによる、その名も『ミクロコスミ』(ミクロコスモス=小宇宙)という9章からなる作品は、トリエステの「サンマルコ」という20世紀初頭に開業したカフェの光景から始まる。トリエステという少々複雑な歴史をもつ港町を、一人称を排した神のような視点で、しかし同時に作家の実体験を交えた筆致で描く同書の冒頭に、一軒のカフェが微に入り細に入り描写されているという事実は、マグリスの小宇宙の中心部がどのようなものかを象徴的に表している。

 

寄せ木細工のカウンターをこしらえた家具工房の職人、トイレへの通路に飾られた仮面と、その作者だと思われる放浪の画家、常連客の行き過ぎた要求を突っぱね、脅かされても斧を持ち出して対抗した女性店主、多種多様なルーツと背景を持つ常連客とその逸話の数々。

 

作中でマグリスはカフェ・サンマルコの多様性をこのように言い表している。

 

「単一の種族が陣取っているなら、それは偽物のカフェと言わざるをえない。良家の紳士でも、希望に満ちた若者でも、反体制グループでも、新しい思想を持った知識人でも、その種族が何であろうと関係ない。同族結婚には息がつまる。カレッジ、キャンバス、会員制クラブ、学校のモデル学級、政治集会、文化シンポジウムなどのすべては、海の波止場たる人生を否定する場所だ」

 

そもそもヴェネツィア共和国の支配下だったトリエステは、14世紀にはオーストリア領の自由港となり、第一次大戦前後には多人種が集まるコスモポリタン都市でもあった。東欧世界に翻弄され続けたトリエステという都市をそのままサンマルコが体現しており、その複雑なアイデンティティそのものを作家は肯定しているのだ。また、著者はサンマルコというカフェが、集まる若者たちに「整形手術」を施す力を持つとも綴る。

 

「つまり、定期的に家具を修繕することで保たれているカフェの品格と年季の入った力強さが、客の顔にうつるようなのだ」

 

土地そのものの写し鏡でありながら、常連客に品格とその町の気風を与える修業の場でもある。こういうカフェがいま世界にいくつ残存しているのかはわからないが、『ミクロコスミ』の冒頭を開けば、言葉で保存されたサンマルコの姿から、このような場所のありがたみと、どれだけ金をかけてもつくることのできない複雑な成り立ちがよくわかる。

インドネシア スマトラ オランウータンコーヒー
インドネシアの熱帯雨林の減少とともに、生息地を失い絶滅危惧種に指定されているスマトラオランウータン。その保護活動を行う非営利団体PanEco(パンエコ)と、環境に配慮した栽培を行う生産者に収益の一部を寄付し、活動を支援できるのが、インドネシア スマトラ オランウータンコーヒーです。特徴はクローブのような香り、キャラメルのような甘さ、ベルベットのようなしっかりとしたコク。長い後味を活かした味わいに仕上げています。