こっちは寒いんだよ
ある知人に聞いた話。
年の瀬の夕暮れ時、自転車で移動中に寒くなってとあるカフェに駆け込んだ。出てきたコーヒーが、思ったよりもぬるかったので、恐縮しつつも店員に「温め直してもらえるか?」と尋ねたそうだ。それに対して、そのスタッフは「当店のコーヒーは〇〇度で飲んでいただくのが適温ですので」と答え、つっぱねられたという。腹を立てた知人はほとんど口をつけることなく支払いを済ませてその店を出た。
聞いたそのときは「大人げないよ」なんてたしなめたりしていたのだが、後々になってよく考えてみると、首を傾げてしまうのも確かだ。コーヒーの味に対して適温であったとしても、冷えきったその日の彼にとってそれは適温だったのか。そんなことが頭の片隅に残ったまま、久しぶりに村上春樹のエッセイを久々に読み返してみたら、こんな一本に出くわした。
『村上朝日堂の逆襲』に「ラム入りコーヒーとおでん」という短いエッセイが収録されている。もちろん、両者をあわせて嗜むという話ではない。
ウィーンやドイツに訪れた際、寒い日にはついついカフェに駆け込んでラム入りコーヒーを頼んでしまうことが多々あったが、日本ではなかなか美味いものに巡りあわない。だがしかし、その代わりにおでん屋というものがあって、映画を観た帰りなど冷え込むときには、暖をとり、ボーッとするのにおでん屋が一番だという。
「熱い熱いコーヒーの上に大盛りの白いクリームがのっていて、ラムの香りがツーンと鼻をつく。そしてクリームとコーヒーとラムの香りが一体になってある種の焦げくささのようなものを形成するわけだ。これはなかなかのものである。そして確実に体が暖まる。」
ラム入りコーヒーとおでん、カフェとおでん屋という、一見かけ離れたものに共通する多機能性を見出すあたりは慧眼である。
先日、親しいコーヒー屋さんに招かれ、閉店後におでんをご馳走になった。その前には天ぷらを、ある年の初めには、彼が握る寿司までいただいたことがある。とにかく器用な人なのだ。もちろん、おでんのお供はコーヒーではなく酒ではあったが。
別の場で、彼は喫茶店のサービスについてこのように語っていた。
「熱くすると珈琲の味は崩れる。でも寒くって震えている人に『美味いから』ってぬるいものすすめても、客からすれば「こっちは寒いんだよ」っていう話だよね。レストランには、寒いから入ってスープを飲む、っていうことはなくても、喫茶店には寒いから暖まりに入ってきた、っていう人もいる。その時に我々は味を追求して珈琲の勉強をしてきたとしても、絶対にぬるいものを出しちゃ駄目なんだよ。
なるほど深く頷ける話である。客にあわせてサービスを提供するのか、店のサービスに客が合わせるのか、どちらが正しいという話ではないが、喫茶店というのはそういう場所だということだ。昨今は「喫茶店」ではなく「コーヒー屋」としてレストランと肩を並べることを自認する店が増えているようだけど。
ところで僕は、自分の店の隣のカフェが出す「アイスラムラテ」が大好きで、夏であれ冬であれこれを頼んでしまう。普段アイスコーヒーを飲むことは殆どないのだが、ラムが入ることでビターさとコクが増してとても旨い。年中これを出してくれる店が増えると嬉しいのだがどうだろうか。