聖地で飲むホットコーヒーの味

リチャード・ブローティガン作品の名訳で知られる藤本和子のエッセイ集『イリノイ遠景近景』に、「ホットコーヒー」という名前の町のことが綴られている。ミシシッピ州南部に実在する、ガソリンスタンド兼よろず屋とコンヴィニエンス・ストア、たった二つの店があるだけの郵便局すらない町。ちなみに片方のよろず屋は商工会議所も兼ねているという。

 

これを読んで、早速グーグルストリートビューでかの地を覗いてみた。エリアを取り囲む道路にピンをドロップしてみると、見渡す限り畑と林ばかりで、その切れ間にときどき民家を目にすることができる程度のこじんまりした集落。エッセイで触れられていたよろず屋はみあたらない代わりに”McDonald’s Store”というセルフの給油所を備えた休憩所のような店がたった一つ、あとは美容室があるのみだ。最も有名なファーストフードチェーン店の名前を冠した、とんでもなくローカルなよろず屋。
もちろん、外部から訪れたものがコーヒーを一服するならば、ここに立ち寄らなければならないのだろう。

 

メニューが気になって”mississippi hot coffee mcdonald’s”で検索してみると、トップに表示されたのは一時期話題になったマクドナルド裁判の真実を巡る記事だった。1994年、マクドナルドのコーヒーで火傷をした老婆が、同店に対し訴訟を起こした。当時はアメリカの異常な訴訟社会を象徴する出来事として報道されていたが、実際には火傷の程度も相当なもので、コーヒーの提供温度が家庭用コーヒーメーカーに比べても10度近くも高く、ほかにも同様の事故や苦情が寄せられていたことが後に明らかになっている。

 

結局、「ホットコーヒー」の「マクドナルド」で提供されるメニューはわからずじまいだったが、ウェブ上に看板の画像があり、それによればホームメイドハンバーガーやサンドイッチ、ピザ、それにもちろんコーヒーも提供しているようだ。

 

それにしても「ホットコーヒー」という存在そのものの化身のようなこの町の名前は実にブローティガン的でもある。
なにしろ彼の『アメリカの鱒釣り』には「墓のようなコーヒー」というものすごい直喩が登場するのだ。「墓のように不味い」でも「墓のような味の」でもなく「墓のようなコーヒー」。よくわからないが、とにかく冷え切った、味気ないコーヒーであることは想像に難くない。
「美味しいホットコーヒーで有名な町」でも「コーヒーショップが全米一多い町」でもなく、ただ「ホットコーヒー」という名前の町が存在する。

 

ホットコーヒーの聖地で供される一杯が、墓のように冷めておらず、火傷するほど熱いものでないことを祈るばかりである。

期間限定 冬珈琲
四季折々の花木をデザインしたパッケージで、日本の“春夏秋冬”に合わせた、期間限定のコーヒーを展開しています。今回紹介する「冬珈琲」は、厳しい寒さに負けることなく咲き誇る花の姿に満たされる心をイメージしたブレンドコーヒー。グアテマラの最も標高の高い所で収穫された“グアテマラSHB”の芳醇な香りとなめらかな口あたりを活かして、しっかりとした風味に仕上げました。