見る人に喜びをもたらす、
和紙を取り込んだ銅版画の世界。
まず目に飛び込んでくるのは、色とりどりに大きく描かれた花や鳥などのモチーフ。細部に目をやれば京都タワーが現れたり、嵐電をイメージした路面電車が描かれていたり。カラフルでポップ、大胆でいて繊細な銅版画の作り手は銅版画家の舟田潤子さん。銅版画のモノクロのイメージを、気持ちよく裏切る作品で注目を集める気鋭のクリエイターだ。
その名前に聞き覚えはなくても、京都に暮らす人の多くは作品を目にしたことがあるに違いない。河原町南東にあるガラス張りのビル「QUESTION(クエスチョン/2020年秋オープン)」。ビルに入らなくてもガラス越しに見える華やかな壁は、舟田さんの作品で彩られている。ひと目で舟田さんが手がけたとわかる独創性に溢れた作品は、どのように作られているのだろう。
「子どもの頃から何かを作って、それを見た人が喜んでくれたり、笑顔になるのが好きだったんです。飛び出すカードとかを作ったりして。大学で銅版画を専攻したのは、版画はもちろん絵画や写真などオールジャンルを経験できることから。そこで銅版画に出合って、のめり込んでいきました」と舟田さんは振り返る。銅版画は銅板に絵を描いて彫り、凹んだ部分にインクを載せ、プレス機で圧力をかけて刷り上げる絵画の技法。「銅そのものもきれいですが、そこにインクを載せると溶けた飴のようになるのも、すごくきれいで。刷るときも最後までどうなるか見えないのも魅力です」。
「QUESTION(クエスチョン)」の1〜4階フロアの壁面には、それぞれ異なる作品が描かれている。1階は和紙絵画による「flying flower」に彩られる。
3階は銅版画の作品「parade」と「pomelo」を組み合わせたもの。印象的な壁面は外の道路からもよく見える。
創作を始めた大学時代から、一貫して描くのはCandy Circus「お菓子のサーカス」。「シルク・ドゥ・ソレイユを初めて見たとき、 光るテントの中で繰り広げられる美しいショーに魅せられました。鍛え上げられた体に生演奏。ショーごとに物語があり感動して刺激を受けました。テーマを『サーカス』にしようと決めたきっかけです」。1枚の中に色が幾重にも重なり、絵の中にまた小さな世界が広がる舟田さんの作品は、こうして始まった。ちなみにサーカスを描くのだからと、日本のサーカス団でアルバイトを経験し、シルク・ドゥ・ソレイユを見るために海外にも足を運んだという。これと決めたらとことんという舟田さんらしいエピソード。
もうひとつ舟田さんがインスパイアされたものの一つに、ギリシャ・サントリーニ島やパリのカラフルな街並みがあるという。「学生時代、偶然写真集などで目にして、その美しさや非日常感に強く惹かれました。現地に足を運んで制作しながら生活し、パリに移動し憧れの移動遊園地を味わい美術館を巡り、2ヶ月ほど暮らしたり、ニューヨークへ行ってお菓子屋さんで『Candy Circus』という閃きがあったり。当時は絵を描いて生きることにすべてを掛けていたので、積極的に動き回っていました。写真やスケッチは今でも大切にしていて、そこで得てきたものを、少しずつ作品として形にしている感じでしょうか」。
左/ローラーは銅版にインクを詰める際の道具。
右/愛用している道具たち。木の枝も描くために欠かせない道具だという。
黒いバルーンのような羽根が和紙で表現された作品。作品は年に2度ほど開催される展覧会で発表される。サーカスを題材にしながらも、おもちゃのサーカスやお菓子のサーカスなど、サブテーマを決めて制作する。
繊細な心配りの積み重ねに、
京都らしさを漂わせる華やかな作品。
舟田さんの作品をよく見ると、版画で刷ったのとは異なる柔らかな風合いの部分を発見する。版画の中に和紙が取り込まれ、その上に版画の線が描かれたり、和紙を通して絵が透けて見えるのだ。一枚の絵の中にレイヤーが生まれ、中に広がる世界に奥行きをもたらす。銅版画と和紙を融合した舟田さんを代表する作風は、卒業後に師事した藤井章人氏の元で学び、独自のスタイルへと進化させたという。
「元々版画に、インクに加え絵の具の色を取り込んでいたのですが、和紙は色だけでなく風合いや素材感、文様を取り入れることができる。また、重なり透明感を出すことでたくさんの色が攻めすぎずに調和してくれています」。版画に和紙を取り入れた作品に加え、和紙だけで描く和紙絵画へも発展し、現在は2つの技法で作品を発表する舟田さん。「和紙を使うのは、京都で制作活動をするなかで、日本らしいものをつくりたいという気持ちもあって。ヨーロッパ発祥のサーカスがテーマであり日本らしくとは…… 色々考え、それなら絵は描きたいものを、素材として和紙を入れてミックスすればいいんじゃないかなって。最近はその中に、うっすらシルエットで京都タワーや鳥居、大文字を入れたりしています」。
「sea flower」鮮やかさが際立つ和紙絵画の作品。素材となる和紙を求めて、韓国を訪ねたこともあるという。
「mandolin ring」単色の作品にも和紙が使われており、優しいニュアンスが加えられている。
水彩画に見えて、4版の銅版だけで刷られた作品。 グラデーションやぼかしなどはまるで水彩画のような美しさ。
具体的なモチーフだけでなく、不思議と京都らしさを感じる舟田さんの作品。「若い頃は海外や他所の街に目が行ってましたね(笑)。けれどいつしか京都の魅力に気づき、離れたくなくなりました。あちこちで四季を感じられる、人とのご縁があたたかく深い、また着物や京菓子は特に好きです。ただ、たとえば舞妓さんを描けば京都らしいかといえば、それは私にとっては違う。今は小さなシルエットを作品に落とし込んでみたりしていますが、自分の作りたい世界でどう京都を感じてもらうかは、今後もずっと課題ですね」。では、舟田さんが感じる京都らしさとはなんだろう。「柔らかさと品を兼ね備えた、はんなりさでしょうか」。第一印象の華やかさと、細部まで描き込まれた緻密さ、そして京都のモチーフは控えめに奥ゆかしく。作品には舟田さんの思う京都らしさが、しっかり映し込まれているようだ。
ニードルや木の枝などを使って銅版を描き彫る舟田さん。
銅版に樹脂版で仕立てた別の版を合わせて刷る「凸版刷り」は舟田さんのオリジナルのつくり方。
2015年に西陣織の「となみ織物」とのコラボレーションで帯を発表したのを皮切りに、「唐長」の唐紙に銅版画を刷りあげた作品、モチーフを「老松」の上生菓子に落とし込んだ京菓子など、京都の名だたる老舗とのコラボ作品も多い舟田さん。時には作品の一部だけが、別のアイテムへと姿を変えることに、作り手としての抵抗はないのだろうか。
「帯をきっかけに、様々なご縁もいただいています。時には作品を反転して商品になることもあります。作品から商品に変わる時、絵として見るのみでなく、そのモノとして素敵に仕上がるには?と見方を加えています。手にした方が喜ばれるものを」という言葉に、子どもの頃からのぶれない姿勢が伝わってくる。
銅版を磨き上げる作業は刷る前の大切な作業。
「唐長」が摺った唐紙の上に刷った作品。(こちらは刷り見本)「銅版画は紙を水で湿らしてから刷ります。水性で摺られた唐紙の文様がとれないよう、普段とは違う注意が必要になります」。
気づけば、銅版画を続けている仲間がほとんどいないという。「銅版画は技術習得はもちろん、作業工程が多く機械や道具も複数使い広い場所が必要になり、銅版自体も高価で色々コストもかかります。また地味に大変な作業が多く、ヤスリでガリガリ削ったり、危険な薬品や体に良くないモノを使ったり、小さな傷を磨くのに数時間かかったりもします。インク等の有機溶剤の影響で頭痛なんて時は、なんでやってるんだろうと思う時もあります。けれど辞めたらそこで終わり。一度やり始めたら追求したいし、教えてくださった先生たちにもやり続ける姿は見せたい。なによりも刷りあがった瞬間の喜びやお客様の笑顔や声には代え難いものがあります。学生時代にオーストラリアに交換留学したのですが、そこで楽しんで生きないとという姿勢に人生観が変わりました。やっていることをまず自分が楽しむ。和紙を取り入れたり、カラフルに仕上げたり、私なりの表現で続けられる表現方法を見つける、オリジナルのつくり方を今も模索しています」。
かくして華やかさのなかに、京都らしさを散りばめた作品は完成する。次はどんな世界を見せてくれるのか、期待せずにはいられない。
「近鉄百貨店」のクリスマスビジュアルや館内装飾を担当した際には、ショッパーにも作品が使われた。