和菓子への扉を開いた出合いと、
〈日菓〉としての活動。

伝統を大切にしながらモダンでもある、新しい和菓子が注目を集める近ごろ。その担い手といってまず名前のあがるのが杉山早陽子さんだ。〈日菓〉としての活動を皮切りに、現在は〈御菓子丸〉として京都を拠点に活躍する。目に飛び込んでくる姿かたちの美しさ、菓子の名である銘を聞いた時に広がるイメージ、口にした時の驚きと味わい。杉山さんが作りあげる和菓子は、他にたとえようのないものばかり。どうやって作られるのか、その秘密を知りたいと訪ねてみた。

 

 

 

 

 

 

 

〈御菓子丸〉を代表する「鉱物の実」。餅花づくりのワークショップに参加したことをきっかけに、琥珀糖を黒文字につけた菓子が誕生した。

「なみのこり」。石庭に積もる雪を、ふわっと口に溶ける淡雪で表現。ベースは柚子の水羊羹。

「大学時代は写真部で活動していて、そこで『和の菓子』というビジュアルブックに出合いました。元々ぼんやりと食べ物での表現を考えていただけに、これだってピンときて。そこで卒業後は和菓子を作りたくて、和菓子店に就職しました。ところが16年ほど前の当時、まだまだ男性社会だった菓子づくりの現場に入ることは認めてもらえなくて。販売員に配属されたものの、私は和菓子を作りたくて就職したのに、どうしても認められないんだって毎日モヤモヤしていましたね。社長に直談判したりして。今、振り返ってみれば、使えるか使えないかわからない女の子を工場に入れっていうのは、なかなかのリスクだなって、すごく理解できるんですけど。当時はやっぱり思いが強くて、それなら自分でやるしかないと」。

 

のちに〈日菓〉を一緒に立ち上げる内田美奈子さんはその時の同僚だ。

「彼女も『和の菓子』を見て、和菓子に惹かれて東京での仕事を辞め、京都へ引っ越して製菓学校に通いながら働いていました。同じ本を見ているから、やりたいことも近くて。本当に奇跡的な出会いだったんですけど」。情熱が高じて、2人が持てる知識を総動員し和菓子を作り始めるのに時間はかからなかった。「最初は友達が面白がってくれて、そこからだんだん広がって注文が来るように。オーダーを受けて初めて饅頭を作る、なんてことも」と振り返る杉山さん。「もちろん仕事はしているので、夕方に仕事が終わって、そこからご飯を食べて夜8時からスタート。夜中の2時、3時まで作って納品するなんて、20代だからできたなと思います。作りたいという気持ちと、パートナーが居たからお互いに叩き起こしながら、ひとつの青春みたいな形で」。

黒文字の蒸留水を使った寒天菓子「かぜきり」を作る。そっとひとつずつ丁寧に。

2006年4月に就職し、6月には〈日菓〉としての活動をスタートさせたことからも2人の熱量が伝わって来る。やがて工房を構え、二足のわらじを履きながらも〈日菓〉としての活動は順調に広がっていった。円形の羊羹をカットして、おやつの時間を表現した「3時」など、代表作をまとめた本が出版されたのは2015年のこと。

 

「本を出したことで達成感が生まれ、10年を区切りにピリオドを打つことになりました」。

黒文字と甘夏を合わせて作られる「かぜきり」。

五感を心地よく刺激する、
和菓子という名のアート作品

〈御菓子丸〉としての活動は〈日菓〉として並行する形で2014年からスタートさせた杉山さん。「〈日菓〉は練りきりや薯蕷饅頭、和三盆、州浜など、従来の和菓子の技法をそのまま生かして、形や銘でおもしろくデザインしていました。一方で〈御菓子丸〉は製法に関しても新しく自分らしく変えていきたいと。今まで使わなかった素材を使うとか、食感を従来のものと変えるとか。和菓子を作り始めての10年近くは、技法を習得するだけで精一杯でした。けれど10年やって、ある程度作るれるようになって気持ちに余裕が出てくると、新しい製法を探りたくるのは職人として自然の流れじゃないかと」と杉山さんは振り返る。

これまでに発表された〈御菓子丸〉の作品。「葉まくら 麩の焼き 木ノ芽餡白味噌餡」。木ノ芽を生地に混ぜた、ふわふわの麩の焼き。中には木ノ芽を合わせた白小豆の餡。こんなまくらに顔を埋めたいと作られた。

「筆頭菜(ひっとうさい)」。ほろ苦い土筆をそのままの形で砂糖菓子に仕立てた。

代表作の鉱物の実をはじめとして、凛とした佇まいが美しく、口にしてはっと驚きをもたらす杉山さんの和菓子。新たなステージへはどのように進んでいったのだろう。

 

「大きなきっかけは中国茶との出合いでした。それまではお抹茶と生菓子を合わせる、茶の湯をベースにした和菓子を作っていました。そこで依頼された中国茶に合わせる菓子づくり。中国茶そのものも、道具も言葉も何もかもわからなかったけれど、飲ませてもらったらすごくおいしくて。中国茶にはドライフルーツや木の実を合わせると聞いて、琥珀糖に柑橘を入れてみたのが始まりでした。琥珀糖へ柑橘を入れたことで、きれいな黄色になった実体験がおもしろくて、着色だけで表現する世界ではなくて、より食べ物としての味わいの表現が気になるようになったんです。和菓子であることは大切にしつつ、見た目と味わいの両方で楽しめるものをと考えるようになりました。茶席の菓子は形や銘で表現した桜も紅葉も椿も、食べたら全部同じ味ですが、それはあくまでも抹茶をおいしく味わうためのものだから。私は菓子を作る者として、お菓子をメインに考えるとどうなるだろうと、そこに広がりを感じました」。

「はんげしょうの宝珠」は建仁寺の塔頭のひとつ、両足院の半夏生からイメージを膨らませ、仏教の宝珠をイメージさせる形に。

「甘露 玉蜀黍の水羊羹」。ふわりと菓子を包むのは玉蜀黍の皮。食べる前に塩をパラリと振って味わう。

活動は中国茶会などイベントでの提供から始まり、工房での販売、そしてコロナ禍を経た現在はオンラインで届ける形が活動の中心。スタイルの変化と共に、菓子も進化を遂げてきた。オンラインでは発送という制約が加わった分、新たな表現を見つけることもあるという。たとえば夏の「甘露 玉蜀黍の水羊羹」なら型に入れて送ることを逆手に取り、形を保てるギリギリの固さに仕上げ、口に入れればすっとスープのように溶ける食感を実現した。「 玉蜀黍の水羊羹には昆布出汁を合わせるなど、和菓子の技法だけでは表現できないことも試したくなっています。けれどあくまでも和菓子であることは大切に。除夜の鐘のようにボーンと撞いて、じわじわと余韻と共に楽しむ。そんな余韻も心地よく、滋味ぶかさを持つのが私の考える和菓子です」。

上賀茂に工房を構える現在はオンラインが中心。「いつか作りたての菓子を味わってもらえる場を作れたら」と杉山さん。

はっとするほど鮮やかな菓子も、すべて自然の素材で色と味が加えられている。

今年に入ってからはバーで知った蒸留機を手に入れたという杉山さん。「植物から抽出した蒸留水は透明なのに、植物の香りがしっかり写し取られています。たとえば寒天に合わせれば、透明な固形物から想像できない味わいがする。そんな裏切りも楽しいと感じています」。菓子ひとつ一つにストーリーを持つ、杉山さんの菓子はどうやって生み出されるのだろう。

 

「自分の中では千本ノックって言ってるんですが、子どもが寝静まった夜に自分が気になった素材を試作する時間を設けていて。たとえばとうもろこしのスープを芯と昆布出汁で作った時においしかったから、それでお菓子にならないかと試したり。引き出しにストックするみたいなことは常にやっておいて、何かのきっかけであれが使えるかもと」。

ニュー和三盆は、架空の植物を組み合わせた花文の「宝相華」をモチーフに木型から起こした。これから発表される新作。

「苔をテーマにしたときは、苔そのものよりも苔が生えている地層をお菓子にしました。すごく湿気の多い場所に生えているから、いつも作るお菓子の水分量を多くして、おいしさを感じるギリギリを狙うというレシピを作りました。今試作しているのは、夜明けから日が昇るまでの時間につけられた名前を一つのお菓子にできないかなというもの。スティック状にして、まだ肌寒いひんやりしたイメージの暁から、東雲へと続き、最後は太陽の暖かさを感じる曙で終わる。アプローチの仕方は様々で、五感があるから聴覚からも、嗅覚からも発想できます。本当にいろんな扉があるので、それが楽しくて。やっぱり自分自身がワクワクしないといいものが出来あがらない。そのためにはモチベーションをあげていくことも大切で、そういう意味での千本ノックだったり、寺社仏閣を見にいくなどインスピレーションを受けることも大切にしています」。

 

和菓子という軸からぶれることなく、気を衒うのでもなく。けれども独自の世界観から生みだされる和菓子は、まさに五感を刺激するアート作品。まさに新たな伝統の担い手だなのだ。