街全体を巻き込んで進化し続ける、 世界規模のフェスティバルの立役者

まもなく11回目の開催を迎える『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』。国内外の気鋭の写真家の作品を集め、伝統的な建造物で繰り広げられる写真祭は、世界から注目を集める存在となっている。そのフェスティバルを立ち上げたのがルシール・レイボーズさんと仲西祐介さんのふたり。京都に特別な縁を持たなかった彼らが、どうやって京都での写真祭を成功させたかを探ってみたい。

 

 

 フランス人写真家のルシールさんと、照明家の仲西さんが京都に暮らすことになったのは2011年の東日本大震災がきっかけだった。

 

 「震災当時、東京に暮らしていた僕たちは地震や原発事故を通じてメディアによる情報コントロールに気がつきました。それなら自分たちでメディアを立ち上げようと。アートフェスティバルをメディアに見立て、日本と海外の情報交換の文化的プラットフォームを作ろうと考えたのです」と仲西さん。「言葉の壁を超えて、まっすぐに強いメッセージを放つ力が写真にはあります」とルシールさん。かくして物事をダイレクトに捉え、ありのままに伝える写真に特化したフェスティバルが動き出したのだった。

 

2020年に出町桝形商店街の一角に『DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space』を構えた。1階はビストロとギャラリー、2階はアーティストインレジデンスとして使われる以外の期間は写真作品に囲まれた宿にもなる。

すべての展示内容を収録したオフィシャルカタログ。販売が終了した過去のものは『DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space』で見ることができる。

 京都にゆかりのない二人が、街全体を巻き込んだイベントを作り上げるには大変な苦労があったことは想像に難くない。そもそも京都の街を選んだのはなぜだったのだろう。

 

 「東京は街が大きすぎて、何かをやっても埋もれてしまう。東京以外の街で、世界的にもちゃんと声が届いて、世界からも日本からも注目を集める場所と考えたときに、京都しかないなと。実際、京都に引っ越してきて暮らしてみるうちに、素晴らしい建築物や伝統文化を知ることになります。この街なら写真はもちろん、日本の文化や美意識を世界に発信できると確信するに至りました」と仲西さんは振り返る。

 

 とはいえイベントを開催した経験もなかったことから、当初はイベント会社にサポートを依頼することを考えたという。

 

 「ところ蓋を開けてみたらアイデアだけを取られて、僕たちはアシスト的な役割になっていて。それは違うだろうと全部断って、自分たちでやることになった。あの逆境が起きなかったら、やれてなかったかもしれない。ただ僕たちは経営者ではないから、フェスティバルを回して利益を生む感覚がなくて。アーティストとしてあるもの全てを使って最高のものを作るって感覚でやってきたんだけど、逆にそれがよかったのかもしれないですね。アートで利益を追求しようとするとおかしなことになってしまう。途中からは割り切って、とにかく続けていければいいと。面白いことを続けて、みんなが喜んでくれて、手伝ってくれた人には還元できればいいなと」。

 

 コツコツと地道に扉を開き、ついに『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』は2013年4月の開催へと漕ぎ着けることとなる。

アルバート・ワトソン《坂本龍一》ニューヨーク 1989年 Photo by Albert Watson
京都文化博物館別館/アルバート・ワトソン(2019):2019年の第7回のテーマは「VIBE」。明治時代に建てられた「京都文化博物館 別館」で展示されたポートレートの巨匠と名高いアルバート・ワトソンの日本初となった回顧展。(画像:©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2019)

 「京都には独自のルールがあって、理解できないうちは苦労しました。こちらに声を掛けたら、あちらには掛けてはダメなんて具合に。けれどよそ者だからこそ、今までなかったところに縁を作れるんじゃないかなと。京都には長い歴史を持つと同時に、革新的な活動を受け入れる懐の深さもありますよね。人々が大切に受け継いできた歴史や伝統を守ることに敬意を払い、認めてもらえるクオリティのフェスティバルを作ることに力を注ぐことで、受け入れられていったんだと思います」。

 

 二人が「京都がもっとも美しい」という新緑の季節に、一ヶ月にもわたって京都の街全体で繰り広げられる『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』。「京都文化博物館 別館」や「両足院」、「出町桝形商店街」と街のあちこちに作品を点在させることで、アートを身近に感じさせる仕掛け。観光地ではない場所も人々で賑わい、街全体が活気付く様子に京都の新たなシーンを感じさせる。

京都新聞ビル 印刷工場跡(B1F)/金氏徹平(2019):まだインクの香りが残る「京都新聞ビル 印刷工場跡」で展開された、現代 美術家の金氏徹平による巨大インスタレーション。(画像:©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2019)

京都市美術館別館/クリスチャン・サルデ(写真・映像)、高谷史郎(インスタレーション)、坂本龍一(サウンド)(2016)(画像:©︎ Takuya Oshima - KYOTOGRAPHIE 2016)

 「日本ってアートが特別なものになりすぎている気がします。本来はもっと自由な、誰でも作ろうと思えば作れるし、自由に観ればいいもののはず。それを民主化する意味でも、作品をあえて美術館やギャラリーから持ち出して、普段展示をしないような町家やお寺、現代建築などユニークな場所に展示することで、今まで美術館やギャラリーに足を運ばなかった人にも見てもらえる。僕たちが投げかけるメッセージが、アート関係者だけに届いてもしょうがなくて、みんなの意識を変えていかないと社会は変わらない。そのためにも街に作品を展示して、誰でも見てもらえるようにしようと。ところが日本家屋だと襖や砂壁がほとんどで床の間にしか作品の置き場がない、なんてこともあって難しい。そこを建築家やインテリアデザイナー、伝統工芸の職人さんと共に最先端の技術も使い、新たな作品の見せ方を含めて提案していくわけです」。

 

 過去には、黒い畳を敷きつめ華道家・中川幸夫の作品を展示した禅寺「両足院」、今は使われていない貯氷庫に洪水災害に遭った人々のギデオン・メンデルの写真を展示した「京都市中央卸売市場」など、作品と場所とが呼応して心に深い印象を残してきた。

両足院/奈良原一高(2022):禅寺である『両足院』には、写真家・奈良原一高が禅寺を切り取った「JAPANESQUE」の「禅」シリーズを展示した。(画像:©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2022)

 今年11年目を迎える写真祭は、コロナ禍の間も途切れることなく続けられてきた。

 

 「ずっと赤字続きでしたが、それでもある程度回せるようになったと感じたのは5年くらい経ってから。最初は東京や大阪とか、大都市の方に興味を持ってもらっていたのが、ようやく京都の方にも振り向いてもらえるようになって。それにスタッフが育ってきた部分も大きいですね。お祭りを毎年やるにはそれなりの準備も必要だし、できあがりもよくないといけなくて、気力のある人じゃないと難しい。僕もルシールも頭で考えてやるタイプではなくて、感覚を信じてやるタイプなので、昨日までこっちと言ってたのが急にあっちに変わったりするんです。でもそっちの方が絶対いいと思うから変更するわけで、それについてきてくれる人じゃないと」とスタッフへの感謝を口にする仲西さん。

 

 たしかに考えてみれば、各地で開かれるアートフェスティバルは数年に一度というのがほとんど。地域全体を巻き込む規模で、毎年開催されているものは聞いたことがない。

 

 「写真というメディアは今を切り取るメディアでもあるので、今起きていることをみんなで一緒に考えたいという想いもある。大変ではあるけれど、その意味でも毎年やりたいと」。

 写真祭には毎年テーマが設けられ、そのテーマに沿った展示が繰り広げられる。2023年のテーマは「BORDER=ボーダー」だ。

 

 「パンデミックの3年間、マスクをしているという状況で、すでに他の人と自分との間に壁があるわけです。オンラインでのコミュニケーションは増えたけれど、人と会って話す機会が減った。そんな見えないボーダーを感じるし、ロシアのウクライナ侵攻の問題を考えても、人類はいつまで経っても国境などいろんな事情で戦争が始まってしまう。それは勝手に作られているものかもしれないし、自分が作ってしまうものかもしれない。ボーダーを改めて意識したいと考えました」と仲西さん。

 

 11年目を迎えた今年は、KYOTOGRAPHIEの精神に基づいたボーダレスなミュージックフェスティバル『KYOTOPHONIE 2023』も立ち上げる。春は写真祭と会期を同じくして、京都市内で普段は体験できないような世界的なライブ演奏を京都ならではの会場で楽しむ。秋は京都の日本海側の天橋立へと舞台を移し、砂浜や松林に融合するような特別なステージで海を背景にパフォーマンスが繰り広げられる。

© Boris Mikhailov, VG Bild-Kunst, Bonn.

山内悠「世界 world #01 from the series of 自然 JINEN」©︎ Yu Yamauchi
上・下ともに本年の出展作品より。4月15日〜5月14日まで、約1ヶ月間にわたり、京都が写真の街になる。

 「パンデミックによってオンライン化が進んでしまった現在、写真も音楽もリアルに体感することが減って、生で見たり聞いたりするときの感動は伝わってこない。その感覚をもう一度取り戻すためでもあるし、ミュージシャンも存在していけるようにしないといけない。アートを買うのはお金持ちだけと思っているかもしれないけれど、自分の買える範囲で好きな作家の絵でも写真でも買って家に置いてみたり、ミュージシャンのライブに足を運んだり。アーティストやミュージシャンがいるおかげで自分たちが楽しく生きている、その認識を持って皆んなで守っていくことも大切ですよね」。

 

 新しいことを受け入れるのに寛容で、革新の積み重ねが伝統を作ってきたといわれる京都。

 

 「暮らし始めて12年になりますが、まだまだわからないことはいっぱいあるし、だからこそおもしろい。京都って伝統的な文化がメインストリームとしてありつつ、一方でカウンターカルチャーもものすごく活発にある。それが互いに影響し合いながら存在すると感じてます。ただ、気をつけなくちゃいけないのは利益だけを求めたオーバーツーリズムによって、自分を見失わないこと。大切にすべきものはきちんと守り続けないといけないし、いいものがなくなった街はいつか飽きられてしまうから」。

『DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space』での作品展示は1ヶ月ほどのペースで入れ替わる。
『KYOTOGRAPHIE 2023』ではジョアナ・シュマリの作品が展示される予定。

 京都の街の力があったからこそ、海外からも広く注目されるフェスティバルへと成長した『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』。写真から音楽へと広がりを見せた2023年。京都を知らなかったからこそ始められたという二人の視線の先に何があるのか、期待せずにはいられない存在だ。