ロジカルな茶農家が思い描く、
多様性を持ち合わせたお茶の世界。
ひもとけば鎌倉時代、明恵上人によって高山寺に植えられた種に始まる日本のお茶栽培の歴史。やがて栽培の地は宇治へと広がり、日本三大茶のひとつとして宇治茶が知られているのはいうまでもない。その宇治茶を代表する産地が、宇治の南に広がる和束町。肥沃な大地を持ち、町のどこを見渡しても茶畑が目に入るようなお茶の町だ。とはいえ長い歴史と伝統を持ちながらも年々過疎化が進み、作り手も減りつつある。そこに移住し、「D-matcha株式会社」を起業した田中大貴さんに話を聞いた。
もともと健康に興味があり、日本の食料自給率の低さを知って驚き、農学部への進学を決めたという田中さん。
「起業するにあたり考えたのは、日本で栽培しておもしろくて、広がりが非常に大きいもの。加えて自分が好きなものと、行き着いた先がお茶でした。お茶は長いスパンで見ると世界的に消費は伸びている。
一方で生産地はどうかというと高齢者が多くて、どんどん廃業している。自分で作って、伸びてるマーケットにアクセスしていったら、商売としても成り立つのではないかと。では、どこでお茶を育てるかと産地を巡るうち、朝夕の寒暖差のある気候に川から立ち上る霧、茶農家の情熱も含めて魅力を感じたのが800年の栽培の歴史を持つ和束町でした」
そんなビジネスプランを立てた後に、アメリカへ留学。同じタイミングで共に創業を目指した仲間6人が次々と和束町へ移住し、弟の千盛さんらは茶農家での修行を行う。やがて田中さんも帰国し、本格的に始動したのは2017年4月のこと。当初は修行先の茶農家から買い取った茶葉で商品を作ったという。やがて地域の人々との関係を構築するなかで、借りることのできる畑が少しずつ増えていき、5年目を迎えた現在は3ヘクタールの畑で茶を育てる。
「他の農家と違うのは、はじめにその畑の茶葉の用途を決めてしまうこと。これはお菓子を作るため、これは無農薬で育てるといった具合に。メリハリをつけることで生産の効率が上がるんです。あとはお客さんにどうお茶を紹介するかも想定します。例えばひとつの品種でも、光を遮って旨みを増す被覆の期間を変えて育てることで、味の違いをわかりやすく伝えるとか。いかにお客さんに楽しんでもらえるかを考え、茶葉を育てています」。店頭にずらりと同じ品種の茶葉が並ぶのには、ちゃんと理由があったのだ。とはいえ44ヶ国もの国へ輸出する現在、農薬不使用が中心ではないのだろうか。
「農薬不使用で育てると収量がものすごく減ります。うちは芽が出た最初に摘む一番茶だけを使うので特に少ない。ただ、お茶は台と呼ばれる収穫しない葉っぱの土台を、いかに健康に作るかが大事なんです。次の年に一番茶をいい状態で摘もうとすると、二番茶を待たずに一番茶が終わったあとに全体を刈り込む手入れをします。そうすることで少量であってもいいものが継続的に取れる。ところが、お菓子に使うものもそこまでする必要があるかというと、当然値段は上がるし小麦粉など他の材料はどうだという話になる。そこまで求められていないから、必要がないと考え仕分けています」。商品という着地点を見据えながら茶葉を育てる。気象状況など自然に大きく左右される農業において、新鮮にも思えるロジックがここにはある。
さみどり、ごこう、おくみどりとシングルオリジンの抹茶が揃う。抹茶は本来、収穫後の工程が多いため茶問屋がブレンドして作るのが主流。畑や品種ごとに製品化したものは貴重だ。
和束町本店では品種別や被覆期間別の飲み比べセットが用意されている。
日本茶への扉を開くお菓子と体験。
その先にある茶の世界を伝えるために。
もうひとつ「d:matcha Kyoto」で茶葉にも負けないに存在感を放っているものに、お茶を使った菓子がある。チョコレートからチーズケーキ、宇治茶ティラミスなど種類も豊富に並び、これが目当てのファンも多いという。茶農家でありながら菓子を手がけることに抵抗はないのだろうか。
「お菓子は間口を広げるイメージ。日本のお茶の消費量はずっと減っていないけれど、急須で入れる茶葉の量はめちゃめちゃ減ってるんです。つまり、お菓子でお茶を摂る人は増えている。だから、興味を持ってもらうひとつの入り口だと思っています。その代わりなるべく余計なものは使わずに、普通はお菓子に使わない一番茶や二番茶のいいものを、めちゃくちゃな量を入れるっていう作り方です。抹茶の濃度別のチョコレートや、煎茶や和紅茶も加えたり、体験が少し乗っかったような商品を作るようにしていて、すると色々と興味を持ってもらえる。取っ掛かりという意味で、お菓子はいいなと思っています」
宇治抹茶チーズケーキ1,650円は、茶道で使われるグレードの一番茶の抹茶を使い、食べる直前にもたっぷり振りかけることで、抹茶のフレッシュな香りが楽しめる仕掛けに。
抹茶チョコ食べ比べセット1,650円。3%、6%、12%、18%、24%と異なる濃度の抹茶を食べ比べる。
同時に田中さんが大切にするのは日本茶や和束町、そして「d:matcha Kyoto」に触れる体験だ。茶畑を散策することで、畑の土が想像以上にふかふかと柔らかいと感じ、茶樹はしっとりと露に濡れることを知る。茶摘みを体験することで、お茶は一芯二葉だけを摘み取って作る贅沢なものと実感する。和束町でお茶を作ることの意味を肌で感じるひとときは、日本茶、そして和束町という地への興味を掻き立ててくれるに違いない。
「ここへ来てストーリーを知ると、密度の高いお客さんになってくれる確率も高いんです。もちろん日本の方もいますが体験は海外の方のほうが多くて、コロナ禍までは3,000人以上の人が来てくれたし、今も茶葉を送ってレクチャーするオンラインレッスンも結構やっています。ストーリー性や体験価値はとても大事なのに、日本人は、日本の文化が持つユニークな部分に気づき辛く、またそれを英語で正しく伝えるとなると、できているのはごくごく限られてしまうと思うんです。ヨーロッパやアメリカの両海岸からわざわざ日本茶の産地まで来るのって、精神性が進んでいる人が多くて、そこで話すことで先のニーズが浮かんできたり、環境への意識も刺激されます。すごい勉強になる」。常に貪欲に学ぶ姿勢を持ち、未来へ目を向ける続ける田中さん。
「将来的にはワインのようになるとおもしろいなと。畑とか年度とか、その裏にあるストーリーとか、ワインっていろんな選択を消費者ができるのがすごいと思うんです。日本茶だって室町時代から続く茶師がブレンドしたお茶を選んでもいいし、この畑のこの年のこの品種みたいな産地にフォーカスが当たったような選び方が、選択肢として提案されてもいいんじゃないかな」と、お茶の未来を思う。想像以上に高齢化が進み、未来はけっして明るくないと感じる和束町についても、地域全体の活性化を願い茶農家共同での商品開発を行うなど、とにかく行動に移す。
「多大な先達が作ってくれた歴史という武器を持つ日本茶。ほかには真似できないからこそ、突き詰めていくことに勝機があると思っています。東向きの畑は香気がいいとか、昔の人の言い伝えを科学的に解明するのもおもしろいし、気象条件などの自然によって毎年味が変わる、コントロールできない部分も飽きないし発見がある。畑別、栽培方法別の茶葉を、その価値と共に提案できるのも農家だからこそ可能なこと。小さくても価値観や倫理観、精神性を尖らせて正しく伝えれば、規模は小さくても大きな影響を与えられる。お茶を通じて、和束町がずっと繁栄していける仕組みづくりに貢献できればと」。
田中さんの視線は遠い未来を見据えながらも、足元からもきちんと目を逸らさない。そのバランス感覚が日本茶の魅力、さらには伸びゆく未来を感じさせてくれるのだ。