“ボケる”感覚で、“京都発の立ち食い蕎麦屋”を東京にオープンしてみた
京都・清水五条にある立ち食い蕎麦屋『suba KYOTO』。その隣に位置する、ワインのスタンド 角打店『sumi』。そして、“自分で焼く焼鳥店”『炭火焼く鳥ソリレス』。京都人はもちろん、京都を訪れる人が愛してやまない店を作り出す鈴木弘二さん。立ち食い蕎麦、ワイン、焼鳥。どれも私たちがふだんの生活で慣れ親しんだ食べ物と言っていいだろう。そんな“普遍的な素材”を自分なりにどう“調理”できるか。存分に面白がり、愉快に、果敢に、エンターテインさせる飲食を届けようと、とことん遊ぶ大人が、鈴木さんである。その遊びがさらに拡張し、東京に立ち食い蕎麦屋『SUBA』とワインショップ『VIRTUS』を融合した新店舗『SUBA VS』を立ち上げた。江戸時代から立ち食い蕎麦文化が根付く東京いう街に、あえて“京都発の立ち食い蕎麦屋”をぶつけてくるユーモアセンス。その理由や、店作りにおけるクリエイティビティについて話を伺った。
渋谷・宮益坂のオフィスビルが点在する裏通りにある『SUBA VS』。客を呼ぶこむためのわかりやすい“コマーシャルなアテンション”はひとつもないそっけない外観。それゆえに、初めて訪れた人は一旦、素通りしてしまう人も少なくはないだろう。確かにGoogleマップは、ここを指しているから半信半疑で中に入ってみる。すると、飲食している人が散見される。そこではじめて、ここが『SUBA VS』だと確信する。一瞬の間、人の心を揺さぶるちょっとした “ニクい演出”に期せずして、ニンマリ。こんな店を作り出してしまう人は、きっといい意味で奇妙な一面があるはずだ。鈴木さんが今、「立食い蕎麦屋」に着目した背景はどんなポイントにあるのだろうか。
「単純に好きなんですよ。めちゃくちゃおいしい、というわけではないのに、なんとなく立ち食い蕎麦屋に行ってしまう人間の衝動性が面白いと感じていて。『この感じなんだろう』と。その気持ちに真面目に向き合ってみたんです。突き詰めて考えてみると、そのフィールドでもうちょっと、クオリティが高いものを提供できるのはないかと思ったんです。自分なりにいろんな立食い蕎麦屋に通ってフィールドワークした結果、うどん文化が根付く京都という土地で、立食い蕎麦屋をオープンさせることになったんです」
一枚ペラの用紙に刷り込まれた本日のお蕎麦メニュー。その一つひとつはどれも興味深い。「とり天 毛沢東スパイス」「島根県産宍道湖しじみと青マンダリンオイル」「牛ホルモンと黄ニラ」などなど。食材選び、食材同士のかけ合わせに強いこだわりを感じずにはいられない内容だ。聞けば、これらのメニュー開発も鈴木さんが自ら試作し、編み上げているという。“本気”が漲る渾身の一品。そのバックストーリーを聞いてみたくなる。
「とり天 毛沢東スパイス」(1,000円)。あらかじめ「毛沢東スパイス」がトッピングされたメニュー。激辛料理で知られる四川省の少し下に位置する「湖南料理」のスパイスを豊富に使った料理のエッセンスを蕎麦に取り入れた。
「自分は実は『ゼロイチ』で物事を考えることはあまり得意ではないし、好みじゃないんです。ありものを“ちょっとブラッシュアップ”するのが楽しいタイプの人間で。単純によくある空間でおいしいものを提供するのではなく、“なんらかの違和感”がある方が、手触りを持ち帰ってもらえるのではないか、と自分は考えます。そんなちょっとしたハプニングを期待して店作りをしているんです。例えば『牛ホルモンと黄ニラ』の蕎麦は、もつ鍋からヒントをもらいました。いわゆる『蕎麦×モツ鍋』。これに、白味噌と紅生姜と七味を合わせた赤いペーストを添えて。このペースト、東京のもつ焼き屋でヒントをもらったんですよ。ピンクの赤いペーストがすごい気になって。直感で『これや!』と思って(笑)。その店に通い詰めて味を研究しました。単純に味噌と紅生姜って、モツ鍋に合うじゃないですか。そんな、ふだん自分が感じている『おいしいエッセンス』をミックスして、編み上げた感じですね」
東京の立食い蕎麦の“創作スタイル”としてスタンダードなのが、春菊天蕎麦やコロッケ蕎麦。老舗の「町そば」「手打ち系そば屋」ではほとんどお目にかかれない類の具材である。「SUBA VS」ではそうしたメニューに拮抗できる、もしくはそれ以上を上回るメニューを提案している。
「春菊天をうちの店で食べられたとしても、東京じゃ面白くないんだろうな、と。だから旅先ではじめて出会った面白い食材を用いて、試作を重ねてメニュー開発することも多いです。農家さんも全部、自分で見つけて。例えば、岐阜で調達したのが『飛騨ジャンボなめこ』。『これは面白いぞ』と思ったものだけを厳選するんです」
もちろん出汁にもこだわりがある。
「蕎麦はうどん出汁に寄せているんですよ。僕は大阪生まれの京都育ちなんですけれども。出汁を飲み切ってしまうのが関西の文化というか。それもあって、うどん出汁にしています。だから、めちゃめちゃハイブリッド。本来のかけそばのルーツはざるそばやもりそばをどんぶりに入れて、お湯を入れたものがルーツ。言ってみたらつけ麺なんです。だから出汁は飲めないんですよね」
立食い蕎麦という“日本の伝統”に新たなエレメントを加えて、今まで見たことがない革新的な蕎麦を作る。そこに面白味がある。
「海外の食文化やムーブメントになっているスタイルを取り込んでものづくりをしている人は多いと思うんです。でも、自分は『日本や京都にはもっといいものがあるで』と言う感覚が先に来るんです。加えて、見たことがあるものをちょっとずつずらしているだけで、見たことないものを作りたい、という気持ちが強いです。それは、子どもの頃からお笑いが好きなことも関係しているかもしれません。僕がやっていることは、言ってみたら全部“ボケ”なんですよ(笑)。斜めったカウンターを作ることも、ツッコミ待ちなんです。お客さんから『ちょっと、このカウンター難易度高くない?』と書き込みされることもあるんですが、僕のボケを拾ってもらえたようで嬉しい気持ちなります(笑)」
“傾いたカウンター”が話題となった京都店とリンクさせるため、渋谷店はあえて、カウンターの下の床を傾かせた。
蕎麦の味わいだけではなく、空間作りのひと捻りも蕎麦の「味わい」の大事な要素になっているということ。
「一番僕の中で面白くないのは、単にお洒落なものを作りましたという佇まいのもの。『どうでしょ、お洒落でしょ』というのは僕の中で一番ダサいことだと思っていて。中学校1年生で芸人を目指すのをやめようと思ったきっかけは、僕の中でずっとおもしろい、と温めていたことを発言したら、教室の中で全然ウケなかったんですよ。それで、すごい売れる芸人になる才能はないな、と判断したんです。その一方で、隣の席の子を笑かすのが得意だったんですよ。万人を沸かせるのは難しいことだけど、隣の人を笑かすことはできる。今はありがたいことにたくさんのお客さんにきてもらっていますけれども、いつまでも、隣人を笑かす感じの気分で臨んでいます。空間デザインは『suba KYOTO』を手がけた建築デザイナー・関祐介くんに頼んだのも、“ボケの感覚”が一緒だったから」
2Fはワインショップ&ワインバーとして楽しめる「VIRTUS VS」。このスペースへと続く、“ニューフロア”という名の階段のための階段や、カウンターを固めるために使用した木材でできた壁など、“ディテールの違和感”にも注目したい。
東京に店舗を構える「VIRTUS」とコラボレーションしたワインショップ&ワインバー。セラーには、1000種類以上のナチュラルワインや日本ワインが揃う。好きなワインを選べるワインディスペンサーには48種類以上用意されていて、グラスでテイスティングが可能。
蕎麦を食べてから2階で好きなだけワインを楽しんでもらってもいいし、その逆も然り。自由に楽しめるのが『SUBA VS』の奥行きの深さ。店の空間に潜んでいる“侘び寂び”、東京の立食い蕎麦にはない感覚を感じに、ぜひ、訪れてみてほしい。
[information]
SUBA
東京都渋谷区渋谷1-15-8宮益ONビル 1F・2F
営業時間:12:00~23:00
定休日:不定休