はじまりは、コーヒーと焼きうどん

コーヒーはある程度大人になってから飲むものだと知ったのは、ずいぶん大人になってからのことだった。

 

両親そろってコーヒー好き。毎朝、パン食でコーヒー党の父は80歳を超えた今も変わらず、豆を挽き、コーヒーを入れ、パンを焼いている間に何かしらの卵料理を作る。昔は母が料理を担当している間に手で豆を挽いていた。仕事を引退してからは母の分も含め、全部自分で作っているようだ。そんな家庭だったので、45年くらい前から私にとってのコーヒーは豆を挽いて抽出するものだった。そして小学生の私も牛乳を加えたり、クリームを落としたりしながら、コーヒーというものを味わってきた。

 

母はスーパーの途中にあるおばちゃんが一人でやっている喫茶店に買い物の行きか帰りに寄るのが好きで、私もよく喫茶店に行けるかも知れないという淡い期待から、手伝いをするふりをしてついて行った。2回に1回というかなりの頻度で母は、そこに立ち寄り、コーヒーと焼きうどんを注文していた。私はミルクコーヒー。焼きうどんは二人で分けて食べた。そのたびに母は「あー、人が淹れてくれたコーヒーはおいしいね〜」と、おばちゃんに話しかけていた。おばちゃんは「そぉお、安物のコーヒーだけどね、心だけは込めてるからさー」と大声で笑いながら返していた。下町の近所のおばちゃんがスーパーの並びでやっていた小さな喫茶店。焼きうどん以外に覚えているメニューはあんみつくらいだったけれど、寂れた街の商店街にぽつんとある喫茶店を見ると、時々、幼い頃の母との喫茶店通いを思い出す。

 

たまにこんな話を友人たちに話すと、皆揃って、そんな頃からコーヒーを口にしていなかったという。どうやらコーヒーは大人の飲み物だったようだ。私は、中学に上がる頃には普通にブラックコーヒーを飲んでいたので、皆の反応にはちょっと驚いた。

 

今も、実家に帰ると父が淹れるコーヒーが、朝に、おやつの時間にとつつがなく出てくる。30年近く通い続けている近所の喫茶店で注文するのは、たいていオムライスとコーヒー。母に教わったコーヒー時間がしょっぱいものとの組み合わせだったからか、甘いものとコーヒーよりも、今もなんとなくこちらの組み合わせのほうがしっくりくるのかも知れない。