海で会った女の子とアイスコーヒーの残像

今でこそ海で泳ぐことなどないわたしだが、10代の頃までは夏のあいだ一度や二度は海水浴に行ったものだ。場所は鎌倉や千葉。関東の代表的な海水浴場である。幼稚園だか小学校低学年のときには伊豆を訪れた記憶もある。このとき初めて生きたウツボを見て驚いた。大学に入ると、波乗りをやる友人数名にくっついて御宿などにも行ったが、わたしは波乗りはやらないのでビーチに座ってぼんやり海を眺めていた。

 

1984年、高校1年のときの夏休みにクラスメイトふたりと海へ行った。確か由比ガ浜だったと思う。わたしが通っていた明治学院高校は現在は共学校だが、当時は男子校。それなのでクラスメイトというのは当然ながら男子である。我々は砂浜の適当なところに拠点を設け、友人ふたりはすぐさま泳ぎに出た。わたしはあまり泳ぐ気にならなかったのかひとりで砂浜に残り、何をするともなく過ごしていた。記憶が曖昧だが、その日はお盆過ぎの平日だったのだろうか、ビーチはいたって静かなものだった。そんなふうにボーッとしていると、「すみません」と声をかけられた。声のする方を見ると女の子がふたり。何かと思えば、彼女たちが泳ぎにいっているあいだ、荷物を見ていてもらえないかということで、何もしていないこちらは断る理由もない。どうぞどうぞと引き受けてふたりは海へと向かい、ふたたび静かな時間が流れた。

 

しばらくののち、先の女の子たちが戻ってきた。このとき、自分の友人たちもそこにいたかどうかはまるで記憶にないのだが、おそらくはまだ海のなかだったのではなかろうか。というのも、もしその場にいたならばなんらか会話に加わっていたはずだが、そうではなかったように思うからだ。女の子たちはわたしの傍に腰をおろし、コーラを飲みながら三人でなんということはない話をした。ふたりの外見からして自分よりは年上だろうと考えたが、このくらいの年齢だと女の子の方が大人びていることも多いので、ひょっとすると同い年だったのかもしれない。おもに話をしてくれたのはふたりのうちのひとり。ショートカットのスッとした雰囲気の人だった。会話するうちに、彼女が菊名の駅前にあるコーヒー・ショップでアルバイトをしていることがわかった。それから先も他愛のない話をし、やがて彼女たちは帰っていった。

 

海での出来事から数日後、わたしは菊名のコーヒー・ショップに行ってみることにした。まったくの思いつきである。連絡先を知っていれば––––いうまでもなくこの時代は携帯電話などないのだが––––、事前にアルバイトに入っている日にちを確認できるが、あの日はお互い名乗りもせず別れたので、当然そんなわけにもいかない。となればあてずっぽうで出向くしかないのである。なぜわざわざ行ってみようと思ったかといえば、海で会話したとき、とても自然で感じがよかったから。そしてせっかくアルバイト先を教えてくれたのだから訪れた方がいいだろうという今となってはよくわからない使命感もあった。そうして晩夏のある日、電車に乗って菊名まで行った。

 

くだんのコーヒー・ショップは、コーヒー・チェーンの草分け的存在の店で今も菊名駅前に存在している。コーヒー・チェーンの店舗とはいえ、街の喫茶店といった佇まいである。少し日差しが落ち着いた夕方頃、店に到着。ドアを開けるとコーヒーのいい香りが漂ってきた。店内をざっと見渡すと、どうやら海で会った彼女は不在の様子だ。夏場ということで、わたしはアイスコーヒーを注文。ここのアイスコーヒーは、透明なグラスでなく銅色をした金属製のマグカップ的なもので提供される。これを時間をかけて少しずつストローで飲んだ。今はいないけれど、もうしばらくしたらあの女の子がやってくるかもしれない––––そんなところから一気に飲み干すわけにはいかない。

 

その店には一時間半くらいいただろうか、彼女は結局現れず、わたしはすっかり氷が溶けきって残像のようになったアイスコーヒーをズッと飲んで店をあとにした。後日、偶然にどこかで再会、とでもなればドラマティックな話だが、無論そんなことはなく、あの女の子とは海で少しだけ話したきりとなった。10代の夏の日のなんということのない思い出であるが、今でも氷が溶けて薄くなってしまったアイスコーヒーを見ると、たまにふと思い出すのだから不思議なものである。