何者でもない者、のための珈琲

私がイーサン・ホークに恋していた1990年代、彼はあのナイーブな声で囁いた。
「僕はこれだけで満足だ。煙草と珈琲、おしゃべり。君と僕と5ドル」
もちろん「君」とは日本の映画館でポテトフライに頬を膨らませうっとりする江古田在住20代女性ではなくて、美しい鹿のようなウィノナ・ライダーであったけれども。

 

かつてジェネレーションXと呼ばれた、懐かしくてクラクラしそうな言葉を憶えているだろうか。あるいは、知っているだろうか?
1960年代半ば〜70年代生まれの世代である。そしてこの映画『リアリティ・バイツ』は、Xたちがまだ若者だった1994年の公開だ。
当時はアメリカも日本も、バブルな1980年代の昂りから急降下する軌道にあった。

 

就職難、高い失業率、前世代への不信感。この時代に社会へ放たれてしまう若者たちの怒りと、それでもあきらめたくない渇望。
なんだか、2026年とそう変わらない。違うのはスマホがないこと、MTVというドキドキする音楽世界があったこと、コロナでなくエイズが脅威だったことだろうか。
映画に話を戻すと、冒頭で、ウィノナ演じる大学卒業生総代はこんなスピーチをする。

 

「では今の我々はどう生きるべきか。受け継いだ重荷をどうすべきか? 答えは簡単です。〝わからない〟」
わからなさの中にいる、それは私だった。
この社会で、自分はどう生きていくのだろう?
というか、どう生きたいのか。やりたいことが見つからず、会社に就職したものの1年で退職。何者でもない、ついに会社員でもなくなった自分に焦りながら、読まれるあてのない文章をただ書いていた。
ときには脚本めいたものだったり、物語だったり、ただの散文だったり。今書いている文章が、例えば小説とか随筆とか、どんなカテゴリーにあてはまるのかさえわからない。
ノートブックやタブレットなんて想像もできない、パソコンさえまだブラウン管テレビのように大きくてピ〜ヒュルル〜と鳴る時代だったから、筆記用具は200字詰めの原稿用紙と鉛筆だ。クリーム色のやわらかな紙にセピア色の罫線。お金も実力もないくせに満寿屋を愛用していた私は、形から入るタイプである。
200字詰めは、ノート半折りくらいのミニマムさが喫茶店にちょうどいい。
そう、しょっちゅう街の喫茶店で書いていたのだ。1〜2時間で引き上げる店、4時間まで放っておいてくれるボックス席のある店(フードとおかわりはします)、ランチタイムでも混まない店などを転々と。
私は不安だらけだったけれど、いつも珈琲の匂いに守られていた。

 

一軒、仕事が早く終わると訪ねる珈琲専門店があった。
青山の2階、モダンジャズが流れる小さな店だ。自家焙煎の豆をカウンターで選っているマスターも、「3番」などと番号で好みの濃さを伝えるお客もみんな大人。という空間で、三つ編みの私がミルク珈琲を頼む。
場違いなことこの上ないと承知しつつも、お客もまばらな時間帯、マスターが淡々と迎えてくれることを心の支えにそっと原稿用紙を取り出してみるのである。
たった1杯か2杯の間、人生の隙間みたいなこの時間が好きだった。
焙煎香の染みついたカウンター、音楽を散らすように豆が砕ける音、ドリップの繊細な滴り。
夏ならば、暑さが落ち着いてきた夕暮れにマスターが窓を開ける。青山通りの音と風が流れ込んで、顔を上げれば世界は薄暮のブルーに沈んでいた。
こんな瞬間だ。ぺちゃんこになりそうだった心へ、平穏の波がやってくるのは。
この先の人生も自分の気持もわからない。なんの答えも出ていないというのに。不思議なくらい静かな私の、手の中にはまだ温もりの残るミルク珈琲。