コーヒーと食。その未知なるペアリングの可能性を、料理家をゲストに迎え探っていく「バリスタと料理家」。第2回のゲストは、季節の食材を生かした洗練された料理が評判の冷水希三子さんです。今回のテーマは中華料理。黒酢酢豚と引き立て合うコーヒーの味わいや個性を探るために二人のセッションが始まります。
中華料理にぴったり合うコーヒーとは?
– 今日は「中華料理とコーヒー」の斬新なペアリングがテーマです。一般的には、中華料理をいただく際に「コーヒーを飲もう」と考えたことがない方も多いかもしれませんが、お二人はどのようなイメージが湧き上がりましたか?
吉川寿子(以下Y)_お酒を飲んでいるような感覚になれるコーヒーが合うように思います。黒酢酢豚に合うものとして、最初に思いついたのは「パナマ デボラニルバーナ」というコーヒー豆です。ナチュラル・アナエロビックファーメンテーション(嫌気性発酵)といって、ワインの醸造に取り入れられた手法で、密閉タンクにコーヒーチェリーを入れて酸素に触れさせずに発酵を進めて作られたものです。そうしたプロセスを経て製造しているので、通常のプロセスでは得られない独特な香りが強くて、コーヒーとは思えないような醸造された風味が感じられるんです。ラム酒のような感じをイメージしてもらえるといいかもしれません。黒酢も発酵食品なのでペアリングの可能性を感じました。
冷水希三子(以下H)_とても興味深いです。私は“コーヒーに合う中華”という観点で作り込んで考え過ぎない方が良い気がして。黒酢を使うだけだと酸味が立ちすぎてしまうので、シナモン、八角、花椒を使ってスパイスの余韻が感じられるような味付けにしました。
Y_とても美味しそうです! 最初はスパイスのような風味の豆が多いインドネシアのコーヒーも合うように思ったんです。でも、もしかしたら冷水さんはスパイスを使った黒酢酢豚を作られるかもしれない、と直感が働いて今日は持ってくるのをやめました。
H_どうしてスパイスが入っていると思われたんですか? 黒酢酢豚にスパイスを使うことはあまり一般的ではないのですが。
Y_冷水さんのお話をお伺いするなかでなんとなくの予想を立てて自分なりに作戦を練っておりました(笑)。改めて考えると、スパイス×スパイスは喧嘩してしまうかな、と。
スパイスが効いた黒酢酢豚には、お酒感覚で飲めるコーヒーを。
H_なるほど。酢豚は作るのが難しそうに感じる人もいるかもしれないけれど、実はすごく簡単な料理なんですよ。特に下準備らしいものがなくて材料を切って、揚げて、絡めるだけ。重要なのはやっぱりスパイス使い。あとは、衣のはがれ防止のために薄力粉をもみこんだり、肉をカリッとした食感にさせるために片栗粉を使ってみたり。
Y_料理は難しくないものを作るだけで精一杯なのでそれは嬉しいです(笑)。いつも片栗粉でとろみをつけるのが上手に出来なくて。
H_確かにこれは少し難しいかもしれませんね。火を弱めてちょっとずつ入れるといいですよ。
Y_ ありがとうございます。普段の料理に生かしますね! 今回のペアリングにいろいろと思いを巡らせて最終的に2通りのイメージが湧き上がりました。酸味があるものに対してより味の強いコーヒーを合わせるやり方と、バランスがよくて味に尖りのないコーヒーを合わせるやり方。実際、料理をいただいて自分の中で答えを見つけたくて。
H_黒酢酢豚出来上がりました! 熱々をどうぞ。
Y_肉が柔らかい! ほんのりとスパイスの風味が立ったすごくやさしい味ですね。
H_ありがとうございます。スパイスの風味がきつすぎると酢豚ではなくなるし、コーヒーも合わせづらくなってしまうんです。
Y_冷水さんの黒酢酢豚をいただいてみて、2つのコーヒーを合わせたいなと思いました。熱々の状態にはエルサルバドルで作られた「ロスアルペス ナチュラル」が合いそう。これは嫌気性発酵で精選されたものではなく、ナチュラル(天日乾燥)で作られたもの。赤紫色に熟した実だけを収穫して、それだけで作っている豆です。だから、甘い余韻とベリー感があるんです。
H_それは赤紫色になっている状態が重要なんですか?
Y_そうですね。タイミングを見計らって赤紫色のコーヒーチェリーだけを収穫している感じです。簡単そうに聞こえるけれど、農園主のアイダ・バドルさんがピッカーに指導して徹底して作られているのがこの豆のすごいところです。赤紫色の実だけを収穫をして精選しているので、コーヒー自体に赤ワインのような味わいがあり、レッドグレープのような風味があります。焙煎による苦味が少なく、やさしく続く甘さが特徴です。例えるなら、食中に合わせる赤ワインのような感じです。
H_本当だ。苦味があまりなくて美味しいですね。そして、香りの深い余韻が楽しめますね。
Y_冷水さんの料理はやわらかくて、やさしい感じなのでパンチ力があまりない馴染みやすい方がいいな、と。我ながら、本当にすごく合う! スパイスとの余韻とコーヒーの余韻が重なり合う感じも心地よいです。「ロスアルペス ナチュラル」は、フルーツ感はあるんですけれども、比較的ボディ感があるので、煮詰まった餡の濃さにも負けずに互いに引き立て合うのだと思います。
H_ワインやビールと同じくらい合いますね。衣がついている豚肉の甘みがあるところと脂身部分にすごく合う。深い味わいの紹興酒のようで口にちょっと残っているぐらいの感じが美味しい。「これ、紹興酒です」と出されたらわからないかもしれません。“紹興酒みたいなコーヒー”という表現をしたくなる味ですね。
Y_すごく嬉しいです。少し濃いめに作っているので、氷を入れて溶かしながらゆっくりと飲んでみてもお酒っぽく飲めるかもしれません。
食中の味の変化に合わせてコーヒーをチョイスする。
– 口内で調味するといい感じになりますか?
H_そうですね。酢豚を噛み砕いて、残しながら飲むのがいい。
Y_黒酢酢豚があたたかい状態だと酸味がフワッと鼻をくすぐる。だから、ちょっぴりフルーティーな「ロスアルペス ナチュラル」が合うんですよね。
H_料理が少し冷めてくると「ニルバーナ」がとても合いますね。
Y_深くて甘い味がしますよね。独特の発酵臭がしますね。収穫した赤紫色のコーヒーチェリーをタンクに入れ、蓋をして密閉。酸素を遮断して微生物の活動を活発化させることで発酵を促しているので、発酵ならではの味わいが生まれるんです。熱々の酢豚には、「ロスアルペス ナチュラル」、少し冷めてきたときには「ニルバーナ」といった感じにグラデーションで味わう楽しみがありますね。コーヒーが持っている味の余韻と黒酢酢豚の風味がすごく合う。口の中に残る香りがどのようにマッチングしているのかが改めて大切なことだと思いました。
H_自分で試作をして食べている最中に味が変わっていくのがわかるんです。酢豚は、冷めた方がお肉の味が立ってくる。味に変化があるということは合うコーヒーが変わってくるということでもあるのかな、と。
Y_確かに!
H_熱々の状態は餡の香りと餡の味が強いんです。
Y_なるほど。冷水さんの黒酢酢豚を実食させてもらった印象として、ご飯とともにいただくよりも、このコーヒーをお酒感覚で合わせて味の変化を楽しみながらゆっくりいただくのがいいな、と。ペアリングしてみるまでは酢の酸味がどうなるかな、と思ったのですが。
H_黒酢はまろやかな味になるからよかったのかも。米酢だとどうしてもかどが立ってしまうんです。氷を入れず冷えていない状態だとウイスキーのような感覚にもなりますね。私は氷なしの飲み口が好きです。餡をなめながら「ニルバーナ」をちびちび口内調味しながら飲みたいです。
材料(2人分)
- 豚肩ロース:150g
- 長芋:100g(10cmくらい)
- A(紹興酒:小さじ1 醤油:小さじ1/4 塩:少々)
- 薄力粉:小さじ1
- 片栗粉:適量
- B(黒酢:大さじ2と1/2 水:大さじ2と1/2 紹興酒:大さじ2 みりん:大さじ1 醤油:小さじ1 砂糖:小さじ2(8g) 花椒:小さじ1/2 八角:1個 シナモンスティック:1/2本)
- 揚げ油:適量
- 片栗粉:適量
作り方
- 豚肩ロースは切り目を全体的に入れ2cm大に切る。長芋は皮をむいて5cmくらいの長さに半分に切り4等分に縦に切る。
- 豚肩ロースに(A)を揉み込んで薄力粉をもみこみ、片栗粉をつける。
- 2の豚肉を揚げて、長芋は素揚げする。
- 中華鍋に(B)を入れ沸いてきたら3の豚肉と長芋を加え1分ほど煮たら水溶き片栗粉でとろみをつける。