コーヒーと食。その未知なるペアリングの可能性を、料理家をゲストに迎え探っていく「バリスタと料理家」。記念すべき第1回のゲストは、「OGAWA COFFEE LABORATORY」の料理監修も務める「シェルシュ」代表の丸山智博さん。今回の主役は、7月末にオープンした下北沢オリジナルスコーン。「紅茶=スコーン」のイメージを覆す、コーヒーに合う焼き菓子はどのようにして生まれたのか? その秘話から二人のセッションは始まります。
コーヒーに合うスコーンが生まれた理由
–そもそも、なぜスコーンを作ろうと思ったのでしょうか?
丸山智博(以下M)_「OGAWA COFFEE LABORATORY 下北沢」をオープンするにあたり、小さくて、ショップのアイコンになるようなお菓子を作って欲しいっていうお題をいただいたんですけど、なるべく素朴なものにしたいなって思ったんです。特別なものではないけど、素材選びや材料の配合、焼き加減でスペシャル感が出るようなお菓子を作りたいなって。
吉川寿子(以下Y)_すごく香りがいいですよね。パッと割って、口に入れて噛む瞬間に小麦の香りがすごく立ちますよね。
M_珍しい材料は使ってないんですけど、小麦の味わいを出したくて、全粒粉を使うことにしました。それから、スコーンって大きくて、もっさりしているイメージを持っている人も多いので、そのイメージを覆すカウンター的なものを作りたいなって。外のカリカリと中のしっとりした食感のコントラストもこの小ささだから表現できる。それに「小川珈琲」さんなら、このスコーンに合う最適なコーヒーをちゃんと提案してくれると思っていたので、単純に美味しいスコーンを作ることに集中できました(笑)。
Y_やっぱり小麦の香りが印象的で。香りの邪魔をせず、バタークリームにも調和のとれるコーヒーを今回は選びたいなと思いました。バタークリームにトッピングされたザラメの食感もすごく好きです。
M_カステラもそうですけど、食感のコントラストって楽しいですよね。桜新町で出している「自家製レーズンバター」がお客様に好評だったので、これをアレンジして使いたいなと思ってたんです。バタークリームは、温度によって、ゆるくなったり、分離しちゃったり、状態変化が起こりやすいので、なかなか扱いが難しいんですけど、そこは頑張って、口どけをキープしてもらって(笑)。ところで、吉川さんは、どうやって合わせるコーヒーを考えていかれたのですか?
バランスを崩さないコーヒー選び
Y_まず、試食前に3つの方向性を考えました。一つ目は、香りのアロマが際立つインパクトのあるゲイシャ系のコーヒー。二つ目は、バタークリームと合わせても負けないボディ感とスパイシーな個性のある「インドネシア ウーマン イサク オランウータンコーヒー」。そして、最後はクリーンで、フルーティーな質の高いグアテマラのスペシャルティコーヒーをリストアップしました。
M_それぞれ方向性が違うということですね。
Y_はい。実際にスコーンを食べてみたら、小麦の香りもすごく良かったし、バタークリームとのバランスも崩したくなかったので、やはりフレーバーが個性的で強すぎたり、スパイシーさが際立つと良くないなと思い、最終的に「グアテマラ エルインヘルト ウノ / ウォッシュド」を選びました。
M_どういったコーヒーなんですか?
Y_丁寧に手摘みされたチェリーを、ウォッシュド(水洗式)と呼ばれる精選方法で仕上げたコーヒーで、フルーティな酸味と甘さがあって、液質のクリーンさが特徴的な銘柄です。シトラス系ではなく、詰まった感じの南国のフルーティーさがあるので、ナッツにも合いそうだなと。今回は、スコーン、バタークリーム、コーヒーの三つを合わせるということで、エルインヘルト ウノを選んだんですけど、スコーンの食べ方が変われば、また選ぶコーヒーも違ってくると思います。このスコーン、甘すぎなくて、塩味もちょうどいいですよね。
M_そんなに甘くしたくなかったというか、ギリギリの線を狙ったんです。海外だとポタージュにビスケットを合わせるとか、割と定番的にある組み合わせなので。テイクアウトして、自宅でハムとかチーズを合わせて、朝食にしてもらったりとか。まず今のラインアップでスタートして、ゆくゆくは下北沢のお店でもそういう提案ができたらいいなと思っています。
Y_例えば塩味。ハムを合わせる場合だったら、もしかすると「インドネシア ウーマン イサク オランウータンコーヒー」ぐらい個性のあるスパイシーな銘柄でもいいかもしれないですね。クリームを付けずにそのまま食べるなら、ブラジルのコーヒーも良さそう。カンタガロ ナチュラルとか合うと思います。ナッツ系のフレーバーを持っているので、香ばしいスコーンとの相性はいいと思います。ところで、丸山さんは、普段どういうコーヒーを飲まれますか?
M_コッチ系です(笑)。今回のコーヒー、すごく合っていると思います。
コーヒーは美味しい食感の時代へ。
Y_逆に「このコーヒーに合う料理を作ってください」って言われたら、どんな風にアイデアを考えていかれますか?
M_香りから考えて、高めあっていくものか。真逆にあるんだけど、口の中で合わさったときに面白い組み合わせになるかどうかを考えながら、どっちに持っていくかを考えますね。口内調味っていうんですけど、日本人って結構苦手で。海外の人だと、お肉を食べながら、口の中にワインを入れて、一緒に楽しんだりしますよね。そうすると、また違った複雑な感じや美味しさが味えるんです。あとは、食感とテクスチャー。フレンチやってる人間って、そこをすごく考えるんですよ。
Y_すごくよくわかります。みなさん、コーヒーも触感(舌で感じる液体の質感)で飲んでくださいね! コーヒーも今、触感で美味しさが評価される時代なんです。なので、液体の触感をバリスタは見ているんです。だから、触感もぜひキャッチして欲しい。今、飲まれているコーヒーはスムースですよね。角がないというか、スルっと入りますよね。表現方法も色々あって、例えば、少し粘性があって柔らかい感じは、ラウンドと表現をするんです。重いものだと、もっと詰まったようなイメージでバタリーとか。そういう言葉を使ったりします。
M_自分も食感のことばかり考えてるかも(笑)。いかに火を入れて、カリッとした部分としっとり感のコントラストを出すか。もしくは、どこまでも滑らかに火を入れていくか。スコーンもバタークリーム、ナッツ、ザラメとか食感のことをすごく考えたので。
Y_個人的には、このスコーンにはカフェオレもいいなって思います。ミルクによって、もっと触感がヘビーになるので。コーヒーをスコーンと口内調味させることで、美味しさの相乗効果が楽しめそうな気がします。
制約が食とコーヒーを美味しくする。
–丸山さんは、桜新町のメニュー監修もされていますが、どうやってコーヒーに合うメニューを考えていったのですか?
M_朝食からディナーまであるので、一つ一つの銘柄に料理を合わせていくというやり方ではなく、炭焼き料理というコンセプトに沿ってメニューを考えていきました。いい豆を選んで、適切なローストをして抽出する。「小川珈琲」さんのコーヒーへの向き合い方と、炭焼き料理の考え方って似てるなって。調理手法を制限することで、いい食材を探すということにフォーカスできる。テクニックに溺れることなく、真摯に素材に向き合い、美味しさを引き出していくことが料理の本質だと思っているので。
Y_コーヒーと同じですね。それに、炭の香りとコーヒーのローストのアロマは通じるものがあるので、炭焼き料理はコーヒーにすごく合いますよね。日本ではコーヒーは食後に飲むものみたいなイメージがまだ強いですけど、私たちバリスタももっと淹れ方とか飲み方とかを提案していかないと。例えば、コーヒーカクテルとかもそうですけど、もっとコーヒーを食事に取り入れるっていう、機運を高めていけたらと思っています。
M_例えば、ワインみたいに「肉料理だから赤にしよう」。そんな風にコーヒーが選べるようになったらすごくいいですよね。それから、「あんこには、この豆が合うよ」「それだったら、この淹れ方がいいよ」。そんな風にバリスタに教えてもらえたら、下北沢店に来る楽しみがもっと増えると思います。ぜひ、やさしく体系化してください(笑)。
Y_確かにそうですよね。そう考えるとエアロプレスで淹れてもよかったかな(笑)。初回だから、ベーシックにプワオーバーで淹れてみたんですけど。飲み比べると、液体の重さとか触感が全然違うんです。コーヒーは食感、触感(マウスフィール)が大切ですからね。みなさん、これだけはぜひ覚えておいてくださいね。