コーヒーと食。その未知なるペアリングの可能性を料理家や食のプロフェッショナルをゲストに迎え探っていく「バリスタと料理家」。第4回のゲストは、現代的な感性を取り入れて、オリジナリティ溢れる和菓子を作る〈wagashi asobi〉の稲葉基大さんです。今回はシグニチャーメニューである「ドライフルーツの羊羹」をはじめとする和菓子と引き立て合うコーヒーを探るトークセッション。
滋味深い和菓子に合うコーヒーとは?
–「和菓子と日本茶」。言わずもがな王道のペアリングですが、ドライフルーツがぎっしりと詰まった羊羹、ハーブや花びらを材料に取り入れたらくがんには、コーヒーも合うのではないか、と。実際にペアリングを楽しんでもらいながらお二人で検証していただけたら。
吉川寿子(以下Y)_まず、最初に羊羹に合わせるコーヒーを紹介したいと思います。私の感覚では、羊羹はねっとりとした質感や濃厚な味という印象で。なので、さっぱりとしてクリアな液体よりも質感がある重みのあるコーヒーの方がより相性が良いように思っています。
稲葉基大(以下I)_僕は毎朝コーヒーを飲んでいますが、温度を測ったりせず、感覚で淹れているので吉川さんのご提案のすべてが興味深いです。
Y_まずはネルフィルターを使ったドリップをするところから始められたら。お湯とコーヒーの接触の時間をしっかりとることでコーヒーの濃度が高くなるんです。抽出は88℃とかなり低めの温度でゆっくりと。あまり苦味を出さないために低温で抽出します。
I_熱めのお湯だと苦味が強く出てしまうんですね。今日までは、グツグツに熱い温度でできる限り抽出しようとしていましたが、お話を伺ってそのやり方が違うんだな、と。勉強になります。
豆の粒度や抽出の温度にこだわり、舌の上で深く味わえるように。
Y_そうですね。熱めのお湯にしてしまうと、苦くてエグみの強いコーヒーになってしまうんです。コーヒーの抽出は日本茶の抽出と似ているところがあります。
I_なるほど。淹れていただいたコーヒー、すごく美味しいですね。
Y_テクスチャーにとろみがあるんですよ。これは「ハウスブレンド京都」というオリジナルブレンドです。ブラジル、グアテマラ、エチオピア3カ国の豆をブレンドしています。ドライフルーツのシロップ漬けを思わせるフルーティーな味わいなので、羊羹との相性がとても良さそうに思って。
I_恐縮ですが、今まで「コーヒーをただの液体」としか思っていなかったので、淹れ方次第でこんなに質感の違いが出るものだとは思っていませんでした。
Y_なめらかな質感にすることでフレーバーが、舌の上で感じやすくなったりするんです。
I_コーヒーが舌に滞在する時間が長くなるんですか?
Y_そうです。質感を重くすることで舌の上に滞在する時間が長くなるので、味をしっかりと感じられるようになります。ドライフルーツの羊羹との相性はいかがですか?
I_吉川さんがおっしゃるように確かに蜜っぽい甘さがある。コーヒーが羊羹の甘さを切るのではなく、口の中で調和していく心地よさがありますね。
Y_ありがとうございます。羊羹にラム酒がたっぷり使われていて香りが豊かだったので、ラム酒やブランデーのフレーバーを持っているコーヒーも試してみたんですね。そしたら口の中でケンカしてしまって合わなかったんです。
I_それは後からフレーバーをつけているのですか?
Y_いえ、豆がもともと持っているフレーバーですね。
I_実はこのドライフルーツ羊羹の誕生には、ちょっとした秘話があるんです。ミュージシャンの佐藤奈々子さんと親交があるのですが、彼女は天然酵母のパンを焼くのが趣味で。パンに対して詩を寄せる「ポエティックブレッド」というイベントを開催する際に「パンに合う和菓子」を作って欲しい、というお題をいただいて。僕はそのリクエストに対していいアイデアが思い浮かばなかったのですが、パートナーの浅野がパンに合う食材として、あんこ、イチジク、いちごジャム、くるみなどをイメージしたんです。実際、パンの食材に使われていますしね。それで、パテとかテリーヌにドライフルーツがぎっしり詰まっているようなイメージで羊羹を作りました。そのときに、パンにクリームチーズを塗り、羊羹をのせて食べるというスタイルを浅野が編み出したんです。
Y_すごく美味しいです! コーヒーとパンは相性がいいですし、さらにそこにクリームチーズをのせる食べ方が素敵です。それぞれの味わい全てが繋がった感じがしますね。
I_コーヒーと乳製品は相性がいいですよね。ドライフルーツは生のフルーツとは違って味がぐっと凝縮されている状態なので、砂糖を加えていなくてもジャムみたいに味が濃いんですよね。普段から羊羹とコーヒーをペアリングされることはありますか?
Y_甘いものは大好物なのですが意外と試したことがなかったですね。なので、とても新鮮です。稲葉さんはフレンチプレスをご存知ですか?
I_はい。押して抽出するスタイルですよね?
Y_そうです。次に淹れるコーヒーは、押さずに蓋だけ活用して外す「浸漬式抽出」という方法で。湯の中にコーヒー粉を漬けて、やや時間をかけて成分を移行させるやり方です。その後に、今回はペーパードリッパーに湯を落として、コーヒーの成分ごと下のサーバーやカップに滴下させて抽出します。
苦味を出さず、旨み、甘みを引き出す抽出を。
Y_フレンチプレスは、今回は蓋をするだけで道具として使います。「パナマ エスメラルダ ウォッシュド」というコーヒーを使います。パナマには高い山があり、寒暖差があり、さらに火山灰土壌だったり、様々な要因が重なりあっているので高品質なコーヒーを生み出しやすい環境なんです。60℃のお湯で4分間蒸らして、その後に透過抽出して。そして、クリーンカップに仕上げてマウスフィールを良くするためにペーパーで濾します。仕上がりは、ティーフレーバーが強く、紅茶のようなコーヒーと言ったらいいでしょうか。そのほかに、ボディ感があってベリーのような味わいがある「エチオピア タデGG ナチュラル」。そして、ハイビスカスのような酸味がある「エルサルバドル ロスアルペス」も。この3種を飲み比べながら、さまざまならくがんを召し上がっていただきたいと思って。
I_4分蒸らすというのはどういった意味があるのでしょうか?
Y_豆の粒度を少し粗めにしたので、4分間しっかり蒸らしてあげないと味が出ないんです。ちなみに4分は普通より長めです。蒸らす時間は豆の挽き方に合わせて変わってきます。お湯の温度は60℃に。この温度設定は、玉露をイメージしました。玉露感を出すために、苦味を出さずに旨みや甘みだけを抽出できるように。
I_まさにラボラトリーですね。
Y_本当はあったかいお湯で抽出してもらった方がいいのですけれどね。香気成分は、温度が高いほど上がりがいいので。
I_温度が上がると香りが出るんですね。うちの羊羹も冷やして食べた方がいいか、常温がいいかをよく聞かれるんですけれども。常温の方が香り立つので、お酒が好きな人には常温をお勧めしています。香りを感じたくない人は、冷やした方が食べやすいかもしれません。淹れていただいた「パマナ エスメラルダ ウォッシュド」はいわゆるコーヒーらしい香りがしなくて、どこか香りを探すような感覚があります。
コーヒーの味や香りに合わせて、らくがんを選ぶ楽しさ。
Y_少しずつ飲んでいただいて、香りを探していただけたら。玉露を低温抽出したときのようなコックリとした旨みがあるかな、と。
I_なんとなく出汁のような味わいで面白いですね。らくがんはバラあたりが合いそうです。コーヒーの香りがそんなに強くないように感じたので、らくがんは香りだけでもいいのかな、と思いバラを合わせたくなりました。
Y_私はこのコーヒーを紅茶に見立てたんですね。だから、一番相性がいいのはカモミールかな、と思いました。
I_そうですね。バラとカモミールは同じベクトルに思います。
Y_「エチオピア タデGG ナチュラル」「エルサルバドル ロスアルペス」は70℃で3分蒸らしています。フレンチプレスではなくても、グラスにコーヒーを入れて、お湯を注ぎ、あとはペーパーで濾せばご自宅でも簡単にできます。「タデGG」は香りが「エスメラルダ」よりも強いです。この2つの豆は、結構香りの強い豆なので、香りをしっかりと引き出すために少し温度帯を上げています。「タデGG」はカラメルのような味がするんですよ。
I_「タデGG」はローズマリーのらくがんが合いそうに思いました。僕は修業時代にNYに居たことがあるんです。そのときにレストランに行ってグリルドチキンを頼んだら上に枝が乗っていて。当時は全然知らなかったのですが、それがローズマリーだということを初めて知りました。食べたらすごくいい香りだったのでお菓子に使えないかな、と思ったのが、ローズマリーのらくがんのはじまりです。「タデGG」のコーヒーの香りからは、NYのグロッサリーを想起されました。その売り場には野菜、チーズ、コーヒーなどいろんなものがあり、その場所に漂っていた香りは、まるでいろんな食材が混ざってできた酸味のあるドレッシングのようで。すごく個人的な体験ですが、そんなイメージが膨らみました。ちなみに今回遊びで「タデGG」の豆でらくがんを作ってみたんです。
Y_「タデGG」には、作っていただいたコーヒーのらくがんが一番合うように思いました! そして、「ロスアルペス」には、ハイビスカスのらくがんがいい。「ロスアルペス」は一口めに酸味がパーッと広がる感じがあるのですが、ハイビスカスのらくがんにも同じような酸味を感じました。
I_嬉しいです。そんなご感想をいただいたのは初めてです。コーヒーのらくがんは豆を砕いたものと和三盆糖を入れて、少しだけ水出しのタデを入れて作っています。砂糖を捏ねて作るので普通にコーヒーを入れるだけだと風味がつかないので。かといって、コーヒーの粉を入れるだけも想像の範囲でつまらなく思えて。「タデGG」の豆は、香り高いのでそれを楽しめてかつ、素材感があった方がいいなと思いました。普段、粉糖という細かい砂糖を使っているだけなんですけれども、それだけだとコーヒーの味がぽわんとくるだけで面白くないので和三盆糖を何割か入れることでコーヒーのような香ばしさが出る気がしました。なおかつ、コーヒーの香りだけじゃない風味が出せるんじゃないかと。
Y_コーヒー自体にアロマの特徴があった方が、使いやすいということですね。
I_そうですね。「タデGG」は香ばしさが特徴的なのでゆずも合いますね。ゆずに瞬間的に高熱をかけて乾燥し、粉砕した乾燥柚子を使って作っているので、独特の苦味が出るのですが、どこか「タデGG」の味わいと通ずるところがあったのでよく合うと思いました。
Y_もしかしたらエスプレッソの方がより相性がいいとかあります?
I_それはちょっと味が濃すぎてしまうかも。ペアリングの美味しさがわかるのは、吉川さんに淹れていただいた今日のラインアップだと思います!
Y_ありがとうございます。60℃、70℃での抽出は初めてやったのですが私の中でもすごい発見でした。
I_特に60℃で淹れたコーヒーの旨みがすごくて感動しました!
Y_おそらくハイクオリティコーヒーじゃないと、この淹れ方は叶わないものだと思います。
I_今日はコーヒーのフルコースを堪能するような体験で、とても楽しかったです。余韻が冷めず、コーヒーに酔っています(笑)。これからは温度に気を配ってコーヒーを淹れてみたいと思います。
抽出レシピ
18gのコーヒーの粉を使用し、88℃のお湯を250gゆっくりとネルドリップで抽出。
抽出レシピ
15gのコーヒー粉をフレンチプレスに入れ、60℃のお湯を200g注ぎ蓋をする。4分間蒸した後、コーヒーの粉をペーパーフィルターで濾す。
抽出レシピ
15gのコーヒー粉をフレンチプレスに入れ、70℃のお湯を200g注ぎ蓋をする。3分間蒸した後、コーヒーの粉をペーパーフィルターで濾す。
抽出レシピ
15gのコーヒー粉をフレンチプレスに入れ、70℃のお湯を200g注ぎ蓋をする。3分間蒸した後、コーヒーの粉をペーパーフィルターで濾す。