コーヒーと食。その未知なるペアリングの可能性を料理家や食のプロフェッショナルをゲストに迎え探っていく「バリスタと料理家」。第7回のゲストは、素材の味が引き立て合う、見た目も美しくて、味わい深いおはぎを提案する「タケノとおはぎ」のオーナー、小川寛貴さんです。今回は、コーヒーと白こし餡ベースの季節のおはぎに合うペアリングを探るトークセッション。

コーヒーの風味をおはぎに溶け合わせること。

おはぎは、もち米やうるち米を炊き、米粒が残る程度に丸めたものをあんこで包んだ和菓子。主食にもおやつにもなる一品にコーヒーをペアリングしてみると、どんな食べ心地になるのか。そんな好奇心を胸に抱き、コーヒーを使ったおはぎを「タケノとおはぎ」店主の小川寛貴さんにリクエスト。季節をイメージしたおはぎに合う、コーヒーの味わいを探ってみた。

桜が咲き始めたうららかな春に作られた一品。赤ワインのような甘い香りとレッドグレープのような酸味、オランジェットのような甘さが際立つ「エチオピアイルガチェフェ モカ」をおはぎの材料に。春風にそよぐ桜の花、桜舞い散る道の情景を思い起こしてくれる詩情が溢れる。

層状に作られたおはぎの味を、噛み締めながら楽しむ。

小川寛貴(以下O)_今回は、「小川珈琲」さんのコーヒー豆「エチオピア イルガチェフェ モカ」を使っておはぎを作るという、僕にとって新たな挑戦をさせていただきました。「コーヒーに合うおはぎ」と「コーヒーを使ったおはぎ」という選択肢があるなかで、単純にコーヒーに合う食材だけではなく、僕らのエッセンスと小川珈琲さんのエッセンスをかけ合わせた表現をしたいと思いました。僕らのお店は桜新町駅にあり、駅前通りに八重桜が植わっています。今、自分が過ごしている季節をつぶさに感じながら、これまで眺め続けてきた八重桜の情景を描いてみたいな、と。それで、八重桜を使った塩漬けとラズベリーのピューレを餡に織り交ぜてみました。ベースとなる餡は、「エチオピア イルガチェフェモカ」を抽出するところから始めて。炊いたしろ餡に混ぜて水分を飛ばし、しろ餡とコーヒーの風味がきれいに溶け合うことを意識して作ってみました。ラズベリーのピューレがコーヒーのフルーティーさとうまく合えばいいな、と思って。

デコレーションに欠かせない「口金」。自分たちならではの“絞りたい形”を再現するために、型を曲げたり、変形させたりして使いやすいフォルムをその都度、DIYしている

吉川寿子(以下Y)_とても素敵なお考えですね。ちなみに「エチオピア イルガチェフェ モカ」を略して「イルチェ」って呼んでいるのですが、直感的にラズベリーのピューレがとてもよく合いそうだと思いました。ベリー系のフルーティーなコーヒーなのできっと合うだろう、と。エチオピアはコーヒーの発祥の国と言われていて、香りも華やかでインパクトがあるのが特徴です。味も浅くなく、しっかりコーヒー感がある。これぞ、「ザ・コーヒー」というイメージです。
 
O_ なるほど。いくつか飲ませていただいたなかでも、確かに一番ど真ん中の味わいだと感じました。ただ、その香りを生かして、おはぎにするのがすごく難しかったです。しろ餡に練り込むと、どうしても香りが飛んでしまいそうで。なるべくコーヒーの香りを飛ばさないように、低温でじっくりしろ餡と煮詰めました。層状になっている状態で食してみるとコーヒーに負けない味になると思います。

おはぎの味を引き立たせるための、ペーパーフィルター。

Y_そうした工程を経て、こちらのおはぎが出来上がったのですね。私もいろいろと考えてみたところ、コーヒーの抽出はネルではなく、ペーパーフィルターで淹れた方がおはぎの素材の味をしっかり楽しめるのでは、と思いました。ネルドリップで淹れたコーヒーは独特のコーヒーオイルがあって、トロリとした甘味が出るんです。一方で、ペーパーフィルターの方がさっぱりとした少し控えめな味わいになります。ふだん、コーヒーはご自身で淹れますか?
 
O_もっぱらコーヒーメーカーを使って淹れています。コクのあるエスプレッソの味わいが好きなので、食後にエスプレッソをいただくことが多いですね。お茶農家さんとの付き合いが長く、おはぎにはお茶を合わせることが多かったのですが、僕らのおはぎはコーヒーとの相性がとてもいいと思っています。しろ餡ベースのおはぎには、ナッツやドライフルーツを使っていたりするので。

Y_ところで、おはぎにナッツやスパイス、ハーブを使ってみようと思ったきっかけを
教えていただけますか?
 
O_おはぎ専門店をやろうと思った時に、祖母の味を受け継いだおはぎを必ず365日、提供したいと思いました。けれども、それだけだと和菓子の老舗さんがやっていらっしゃる業態と似てしまいますし、お店を長く続けるために自分たちにしかできない提案をし続けたいな、と。そうした想いがあり、つぶ餡とこし餡のベーシックなおはぎのほかに日替わりのおはぎを5種類作っています。こちらは白インゲン豆を使った白こし餡をベースにすると決めています。僕はおはぎ屋をやりながら、お惣菜屋をやっていたのですが、そこでも白インゲン豆をペーストにしたり、スープにしたり、頻繁に使っていました。白インゲン豆がいろんな食材に合うことは知っていたので、おはぎの可能性が広がるように感じていました。そうした考えを基本に据えて、日々いろんな取り合わせを考えています。

ひとつ一つ手作業で丁寧に作られているおはぎ。日替わりおはぎセットの販売も。

素材の味そのものの変化や、自然を繊細に感じとることで見えてくるもの。

Y_素材の要となるお米選びはどのようにされているのでしょう?
 
O_つぶ餡とこし餡に関してはもち米6、うるち米4くらいの割合で炊いています。日替わりは内容によって、もち米を変えています。ベースはもち米に雑穀だったり、黒米だったり。たとえば、冬と夏でもち米の内容を変えることも。夏だとどうしても黒米を入れすぎてしまうとこってりとした味になってしまうんです。だから、雑穀を入れて軽めに炊いてみたりして。毎年、豆の味は変わりますし、その年々で大きさも異なってきます。それゆえに、季節によって材料の使い方を調整しています。おはぎは、地域に根付くソウルフードみたいなものだと思っていて、和菓子よりももっと身近な存在なんじゃないかと思うんです。僕らが作るおはぎは、ひとつ一つ表情が異なるのが特徴です。目に映る自然の景色が一瞬、一瞬変わっていくものですし、おはぎも1個ずつの形が違っていていい、と思っています。

Y_ひとつ一つのおはぎのデザインが異なるのは、そうした背景があったのですね。季節の風景を思い出すようにデザインすること、素材からインスピレーションをもらってデザインすること。どちらのパターンが多いですか?
 
O_1個ずつ違うのでどちらのパターンが多いとは、なかなか言い切れないところがありますね。あとは、言葉のイメージから着想することもあります。たとえば、季語に春疾風(はるはやて)という、春に急に激しく吹き起こる風のことを意味する言葉があります。あるとき、その言葉の響きがすごくいいな、と思ったんです。実際に「春疾風」を感じたときに、そのイメージを膨らませます。風のムードをデザインするならどういう味わいなのか、じっくりと想像してみるんです。たとえば、爽やかな桜の情景とレモネードの味とか。どこからスタートさせるのかはバラバラです。
 
Y_着想が素敵です。餡を絞るその瞬間にデザインを決めることもありますか?
 
O_デザインに関してある程度の基本はあるのですが、ひとそれぞれのいい形というのがあるし、パッと見たときに和菓子の練り切りやデフォルメした形は、それはそれでいいと思いますが、僕たちがやりたいのはもっとリアルな形。薔薇が咲いたら、上向きに咲く花弁だけではなく、下向きに落ちるものがあったりしますよね。そうした花姿を描かないとリアルに見えない。だから、やっぱり一つとして同じデザインがないんです。たとえばおはぎに対して、4つドライフルーツをトッピングするときは、綺麗に並べるのではなくて、3個固めて、1個外したりして。食べたところで一口目の味と2口目の味が違うようにする。僕はそうした方が自然だと思うんです。

あんこの味が前に出過ぎないおはぎが、コーヒーになじんでいく。

Y_今日お出しいただいたおはぎを食べさせていただくと、八重桜の塩漬けが口の中に現れ、桜の塩味を感じるときもあれば、感じないときもあって。噛んだ時に、“当たり”に辿りつけた! と思ってなんだか嬉しくなる。それが、さっきおっしゃっていたいろんな場所においしいポイントがあって、味に変化があるということですね。
 
O_そうですね。ちなみに今日作ったおはぎは、もち米と黒米を使っています。ほとんどの和菓子屋さんは、おはぎをつくるときはもち米を蒸すのですが、うちは炊飯器で炊いています。なぜ、そうしているのかというと、僕たちは和菓子屋あがりではないですし、基本姿勢として「祖母が作っていたおはぎ」を再現するということがベースにあるから。ですから、他のお店よりも、粒が立っていて、柔らかくない。たとえるならば、おにぎりを食べているのに近い感覚。わりに食感があるおはぎだと思います。それでいて、あんまり豆豆しくない味わいも特徴と言えると思います。普通はあんこが味の決め手となるような小豆を使うのですが、僕たちはもう少しサクッと食べられるような小豆を使っています。今回、もうひとつコーヒーペアリングをお考えいただきましたが、そちらはどんなイメージで選んでくださったのでしょうか?

Y_「エルサルバドル アイダ グランド リザーブ」という中米のコーヒーを選びました。コーヒーの実には通常2つの種子が向かい合って入っていますが、稀に1つの種子しか入っていない実ができることがあり、これを「ピーベリー」と呼びます。私はそれが小豆のように見えて、その姿かたちが面白いと思ったんです。丸くコロコロとした形状で、希少な豆として珍重されています。このコーヒーはエルサルバドルの農園で収穫されたもので、農園主はアイダ・バトルさんという女性です。彼女が作るコーヒーは、香りや味わいがベリー系でフルーティー。しっかりとしたボディ感のある「イルチェ」と、「アイダ グランド リザーブ」の2つを用意しました。どちらとも、おはぎの味を繊細に感じられる、コーヒーが邪魔しないような味ですね。

O_そもそも、「フルーティーな味わい」というのは、どのように作られるのでしょうか?

Y_土壌と気候に起因するところが大きいですね。中米などの標高が高いところで作られる豆は、酸味特性を感じやすいコーヒーが育ちやすく、フルーティーさをより感じやすいです。一方で、アジアなどの低地で作られるものはアーシーといいますか、土壌感がある。スパイシーな風味が際立った豆が作られることが多いです。そんなふうにエリアによって、個性が全然違うのが面白いですよね。
 
O_土によって、味の力強さも変わってくるのですね。
 
Y_まさにそうなんです。最近は化学肥料を使わずにできるだけ有機農法で育てている農家さんが多いですね。そういうコーヒーは付加価値がグッと上がってくるんですけれども。それに加えて、品種によっても個性が異なります。
 
O_ワインと似ていますね。今回、おはぎとコーヒーをペアリングしてみて思ったのは、吉川さんがご提案してくださったような、コーヒーの味が覆い被さってくるようなタイプのものではないものが合うように感じました。層状になっているうちのおはぎは、味を探りながら食すのが楽しい食べものなんですよね。全部が均等に同じ味ではなくて、ちょっとだけ味が強いところがあったりするので。

Y_そうですね。できるだけ甘さ控えめに、素材の味を引き出した繊細な味なので綺麗にクリアに淹れたコーヒーが合うと思います。私が今まで食べてきたおはぎは、小豆の味が濃いものが多く、そうしたものに合う珈琲は絞られるんです。だから、「タケノとおはぎ」さんのおはぎは、コーヒーとのペアリングがすごくしやすいと思いました。今回、実際におはぎを作っている現場を拝見させていただいて特筆して印象に残ったのは、スタッフの方々がすごく大事そうにおはぎをまとめられている姿。手の中でコロコロとやさしく転がして、大事そうに作っていらっしゃって。どこかおにぎりにも似ていて、作り手の想いが姿形に表れやすい。出来上がって、大事に包まれている姿を眺めていると、作り手の愛が伝わってきますし、おはぎそのものがとても愛らしい存在に感じました。コーヒーも淹れ手によって味は変わりますし、そうした奥深さを楽しめるのがいいですよね。
 
O_季節に呼応した味わいや作り手に想いを馳せながら楽しんでもらえると嬉しいですね。

EVENT PROFILE
バリスタと料理家/コーヒーとおはぎ、魅惑のペアリング。

 
本企画がリアルに体験できるスペシャルイベントを開催いたします。イベント当日は、桜新町のおはぎ専門店「タケノとおはぎ」代表取締役の小川寛貴氏をお迎えして、今回のイベント用に特別にご用意した見た目にも美しいコーヒーおはぎなど3種のおはぎと、 OGAWA COFFEE LABORATORYで焙煎したコーヒー3種(アレンジドリンク含む)のペアリングセットをご提供します。 2013年のワールドラテアートチャンピオンであり、小川珈琲チーフバリスタの吉川寿子とともに、コーヒーとおはぎのペアリングについて一緒に味わいながら、それぞれのブランドストーリーやこだわりについてトークセッションを行います。
 
日程:5月25日(土)14:00~15:30 (受付13:30~14:00)
16:00~17:30 (受付15:30~16:00)
 
場所:タケノとおはぎ 世田谷本店
東京都世田谷区用賀3丁目5-6 アーニ出版ビル1F
登壇者:株式会社サンピン 代表取締役 小川寛貴氏
小川珈琲株式会社 チーフバリスタ 吉川寿子
参加費:4,000円 定員:各回20名
予約:Peatix(https://ocl240524.peatix.com
※イベントや提供内容は仕入れや予期せぬ事情などで一部変更になる可能性がございます。

COFFEE PROFILE
エチオピア イルガチェフェ モカ
コーヒーの起源と言われているエチオピア。イルガチェフェ地区は標高が高く、高品質コーヒーの栽培に適したエリア。作られた豆は、透明感のある豊かな香りと酸味が調和したボディ感がしっかりとした味わい。甘さも感じられるので、ストレートでゆっくりと時間をかけて飲むのに相応しい。
COFFEE PROFILE
エルサルバドル アイダ グランド リザーブ
エルサルバドルの西方に位置するサンタアナ地域にあるロスアルペス農園、キリマンジャロ農園で作られたピーベリー(丸豆)を選別。フルーティーで明るい酸味が特徴。ハイビスカスのような華やかな香りとブラッドオレンジのような酸味、ピーチのような甘さが感じられる。