「here there and everywhere?」

ザ・ビートルズの一曲を選び、その思い入れを語る、というトークイベントに招かれた。最初は気乗りがせずに、一度はお断りまでしたのだが、どうしても、ということで出ることになった。結果的には、おぼろげな記憶を掘り起こす良い機会になったと思っている。

 

1977年生まれの自分にとって、当然ザ・ビートルズはすでに過去の存在である上、あまりにもメジャーな存在でもある。懐古趣味的に捉えようにも、一時期はリマスター盤が毎年のごとくリリースされてきたバンドだけに、忘れられたアーティストの再発見という解釈の仕方もあり得なかった。つまり捉え方はどうあれ、例えばヒップホップやグランジロックのように同時代的なユースカルチャーとして、あるいはレア・グルーヴのように新たな解釈で捉えられるような、「自分だけの」という実感が湧かずにあり続けたバンドの一つである。一通りのアルバムは聴いているし、ドキュメンタリーなどの映像もいくつも目にしている。それなりに好きな曲だってたくさんあるし、なんなら、ちょっとした蘊蓄の一つや二つだって披露できるだろう。しかし、常に他人のもの、ビートルズに対してそんな意識が抜けない自分が、解散前にリアルタイムでレコードを買っていた先輩方と同席するなど重荷でしかない。

 

なにせ、前述の意味において「思い入れ」自体が薄いのだからイベントの趣旨にも応えることが出来ないだろう。サンプリングネタとか、どうしようもないカバーとか、ポジショントークでお茶を濁そうかとも思ったが、知識や解釈の精度を競い、披露する場ではないということもよくわかっていたので、正直に己とビートルズとの歴史を、乏しい記憶から紐解いてみることにした。

 

小学校三年生の頃、担任の先生が懐妊されて、替わりに代理の先生がやってきた。薄い色眼鏡にパーマの男性教諭、おそらく団塊の尻尾あたりに生まれたと思わしきその先生は、ラジカセを教室に持参し、カセットテープで外国の歌を流した。有無を言わさず学芸会でこのクラスはその歌を合唱するという。英語詞をカタカナで表記したプリントが配られ、強制的にわれわれ3年4組は『ヘイ・ジュード』を覚えることになった。そのときにビートルズの名前や姿は認識していなかったと思う。

 

次に出会うのは中一の頃。一時的にハードロックやヘビーメタルに被れたタイミングがあり、そんな中モトリー・クルーというバンドがカバーした『ヘルター・スケルター』を聴いた。チャールズ・マンソンやロマン・ポランスキーに出会うのはその数年後。

 

これだけ有名なバンドだから、認識する以前にほかにもテレビや映画などで耳にしたことがあるはずだと、細い記憶の糸をたぐって出てきたのが、ネスカフェのCMだった。『ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア』のメランコリックなメロディが当時の茶の間の風景とともに蘇る。

 

何年頃のことかと確認のため検索してみると、驚くべき事実に直面した。

 

コーヒーカップの中でクリームが螺旋を描く映像の背景に流れていたのは、レノン・マッカートニーのメロディではなく、ダイアナ・ロスの『マホガニーのテーマ』だったのだ。あわててYou TubeでネスカフェのCMを見直してみる。1980年代の「ネスカフェエクセラ」のCMにつかわれた同曲は、雰囲気と上昇するメロディこそ似ているものの、およそ別の曲だ。試しにAIにその類似箇所について訪ねてみると、

 

「両曲とも、トニック(主音)から始まり、ダイアトニックコードに沿って段階的に上がっていく進行が共通しています。」

 

とのこと。他にはマデリン・ベルが歌う「やさしく歌って」や「追憶」のテーマなど、同製品のCMにはどこか憂いのあるヨーロピアンな雰囲気のものが多く、いずれも記憶の奥底に刷り込まれている。ネスカフェっぽい曲、という形容は安っぽいのか、高貴なのか。そもそも庶民的なものを品良く見せるのが、ネスカフェの狙いだったのかもしれない。

BOOK DESCRIPTION
THEME FROM MAHOGANY
DIANA ROSS(1975 / Motown Records)
ザ・スプリームスとして、12曲もの全米No.1ヒットという記録を打ち立て、その後ソロ・アーティストとしてもヒットを連発していたダイアナ・ロス。1971年には『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』に主演し、ゴールデングローブ賞新人賞に輝くなど、俳優としても才能を開花。そんな彼女が1975年に主演を務めた映画『マホガニー物語』の主題歌が『マホガニーのテーマ(THEME FROM MAHOGANY)』。美しい旋律に乗せて「Do you know〜 ?」と優しく語りかけるようなダイアナ・ロスの歌声が心地いい。もちろん、この曲も全米No.1ヒットとなった。