コーヒーと食。その未知なるペアリングの可能性を料理家や食のプロフェッショナルをゲストに迎え探っていく「バリスタと料理家」。第8回のゲストは、ネパールのスパイスと日本の食材を掛け合わせて、新しい感覚のネパール料理を提案する「ADI(アディ)」のオーナーシェフ、アディカリ・カンチャンさんです。今回は、コーヒーと“モダンネパール料理”のペアリングを探るトークセッション。

“チャイに寄せたコーヒー”に挑戦する。
ネパール料理とは、インド、チベット、中国の影響を受けて発展した独自の食文化を持つ料理である。主食は米。そして、ベーシックなのはダル(豆のスープ)やタルカリ(野菜のおかず)、アチャール(漬物)を組み合わせた「ダルバード」と言われるメニューだ。カンチャンさんが作るネパール料理は、そうしたスタンダードな内容に“独自のひねり”を加えた斬新なメニューが最大の特徴だ。そして、ネパール料理のペアリングドリンクといったら、一般的にはコーヒーではなくチャイになる。今回、吉川さんが作るのは、“チャイに寄せたコーヒー”。ネパール料理の未知なる味を想像したペアリングの味は、いかに。

未知のネパール料理を想像し、熟考したペアリング。
アディカリ・カンチャン(以下K)_吉川さんはネパール料理を嗜まれたことはありますか?
吉川寿子(以下Y)_ネパール人が営んでいるインド料理店にはよく行きますが、ネパール料理はいただいたことがなくて。今回、初めてなのでとても楽しみです。
Y)_お作りいただいたサモサは、揚げ物だけどとても軽やかに食べられる感じが好みでした。さらに、酸味のあるさっぱりとしたソースが美味しい。
K_ソース、合うでしょ。


Y)_とても合いますね。「バリスタと料理家」の連載は今回で8回目ですが、自分の中でネパール料理は未知すぎてずっとソワソワしていたんです。
K) _ネパール料理はスパイスがきいているのが、一番の特徴かもしれません。
Y)_レシピをいただいてイメージを膨らませてみたものの、「これだ!」というベストなペアリングのイメージが最初は湧いてこなくて。熟考に熟考を重ねてイメージしたのが、スパイスを効かせたオーツミルクブリューです。わかりやすく言うと、コーヒーでチャイを作ってみよう、と。自分にとっては、新たな挑戦です。豆は「ケニア ガチュヤニ」というレモングラスのようなフレッシュな香り、パッションフルーツのような華やかな酸味が特徴的なものを選びました。

K) _スパイスが効いていて、めちゃくちゃ美味しいですね!
Y)_ありがとうございます。嬉しいです。スパイスは何が入っていると思われましたか?
K) _カルダモンとシナモン、あともうひとつなんだろう?
Y)_クローブです。作り方としては、極細で挽いたコーヒーをお茶パックに小分けにします。容器にオーツミルクをいれ、お茶パックに小分けにしたカルダモン、シナモン、クローブをいれます。そして、コーヒーを容器に入れてミルクに浸し、冷蔵庫で10〜12時間漬け込んだら完成します。
K) _シナモンのシロップの味が一番効いていると思いました。そのあとにカルダモンとクローブの香りを感じられる。このコーヒーを飲むと、サモサにつけたタマリンドチャツネの酸味とスパイスの香りが1回パーッと消えて、また返ってくる感じがとても面白い。
Y)_おっしゃる通り。本当に面白いし、とても爽やかな味わいですよね。サモサを食べて、コーヒーを飲むという、その繰り返しによってそれぞれの味わいが深まるように思います。少し話は変わりますが、ネパールではチャイはどんなタイミングで飲みますか?

K) _いつでも。食前・食中・食後など、1日に6〜7回くらい飲みます。
Y)_ネパールではやはり、チャイがメインでコーヒーはあまり飲まないものでしょうか?
K) _そうですね。メインがチャイです。僕が子どもの頃は「粉コーヒー」しか知らなかった。自分が10歳くらいの時にインスタントコーヒーとかがネパールに入り始めて。水牛のミルクに粉を入れて、砂糖を入れて飲んでいました。
Y)_水牛のミルクなんですね。
K) _ネパールは水牛が牧場に放し飼いにされていて。キャベツやナスなど、そのときどきの季節の野菜を食べているんです。だから、水牛のミルクにもその匂いがするんですよ。
Y)_シーズンごとに牛乳の風味が違うのは面白いですね。日本の牛乳は味が均一化されているので、そういうところが異なるところ。先ほど飲んでいただいたものは、牛乳ではなくオーツミルクを使っていますが、味の違いはどのように感じました?
K) _まろやかさを感じられてすごいいいですね。
Y)_今回、牛乳とオーツミルクの両方で試作して飲み比べしました。その結果、オーツミルクの方がスパイスとの相性が良いことがわかって。コクが出て、まろやかになるんです。
K) _牛乳を使うと油が出るから、その油で香りを切ってしまう感じがある。だから、オーツミルクの方がスパイスの香りが出やすいのだと思います。チャイを作る時に、牛乳をそのまま沸騰させたら全然スパイスと馴染まないので、かき混ぜながら作ります。
Y)_牛乳でも簡単にできるので一度、是非試してもらいたいです。
K) _はい、是非。次のメニューは、金目鯛のサーグ(ほうれん草カレー)。金目鯛は焼津港から送ってもらっています。漁獲後、すぐに神経締めを施すことで死後硬直を遅らせ、鮮度を長く保った状態で届けてもらいます。

Y)_ネパールに海はありますか?
K) _海はないですね。自分のルーツはネパールだけど、日本に17年も居るからその間にたくさんのおいしい食材に出会いました。焼津で3週間ほど修行して、魚の調理の仕方を習得しました。それからずっと料理に魚を使うようになったんです。
Y)_なるほど。金目鯛を使った特別な理由はありますか?
K) _タンパク質を多く含んでいて、スパイスと合わせやすくて味が安定しやすいという特徴があります。
Y)_身がプリプリで美味しいです。ペアリングしたコーヒーは、「ブラジル サントゥアリオ スル ゲイシャ ナチュラル 好気発酵」という豆を使ったもの。スモモの果肉(皮なし)とカットオレンジ(皮なし)を漬け込んでフルーティーに仕上げました。金目鯛に合うように、コーヒー自体の味を強くしすぎないようにしよう、と。それもあって、こちらはミルクブリューではなく、コールドブリューにしてさっぱりと。


K) _面白いアイデアですね。僕の好みの感覚の話になってしまうけれど、もしかしたらホットにして、もう少しスパイスを効かせてもらっても美味しいかも。
Y)_なるほど。ほうれん草のカレー自体、さっぱりしていますしね。金目鯛はどうやって火入れをされていますか?
K) _100℃のお湯にくぐらせてから300℃のオーブンで軽く焼いています。
Y)_だからふわふわの身と皮目のパリッとした食感が同時に叶っているんですね。金目鯛の身がそのままごろっとあって、カレーをソースのようにつけて食すスタイルがなんだか新鮮。
K) _この料理は僕たちのシグネチャー的なメニューです。焼津は結構、金目鯛が獲れるのですが、自分たちのところに入ったら必ずこうして調理するようにしています。発酵させた高菜とドライトマト、スパイス、ごま油をブレンドしたオリジナルの調味料をかけて味変して食べても美味しくなります。
Y)_今回チョイスしたコーヒーも好気性発酵させたものなので、相性がいいかもしれないです。確かに、この調味料を加えるといろんなスパイスが溶け合って、すっきりとした味がまろやかになりますね。
K) _料理にコーヒーを合わせるときは、基本的にどういったことを意識されていますか?
Y)_毎回、その料理の際立った特徴にマッチするように考えます。今回はスパイシーな料理に何を使えば「調和」するかを考え、試行錯誤しました。このほうれん草のカレーにはどんなスパイスが入っているんですか?

K) _すごいシンプル。お腹を壊したときに薬として使う「フェヌグリーク」というスパイス。苦い香りがして、薬膳の観点で使われることが多いです。このスパイスと塩、胡椒だけですね。
Y)_あとは、出汁の味もありますよね。
K) _そう、鰹節。ネパールのスパイスの使い方にはいくつかカテゴリーがあります。普段使うのはターメリック、クミン、塩。それで、ちょっと体の調子が良くない時は、症状に合わせたものを使います。ネパールではスパイスを使って、滋養を高める方法や体の内側から健康になるための知恵が文化として根付いています。だから、日本に来る前は熱が出ても薬を飲んだことがなかったんです。
Y)_文化として当たり前に根付いていて、使い方を心得ていらっしゃるところが素敵です。最後にご用意していただいたのは、ポーク・ヴィンダルーですよね。


K)_ポーク・ヴィンダルーのカレーにはネパールの山椒、黒胡椒、ニンニクなどが入っています。使う直前に石臼であえて粗めにひくことで、香りを立たせています。ちなみにネパールのカレーは、あんまり煮込まないのが特徴で。「ADI」のカレーは、そうした家庭のカレーをベースにして作っていて、15分くらいで出来上がります。

カレーの味にぶつからない、ブレンドコーヒーを合わせる。
Y)_日本のカレーは時間をかけて煮込んだ方が美味しい、という考えが一説ではありますが、出来立てのフレッシュなカレーを食すスタイルがネパールでは一般的なのですね。
K)_そうなんです。ポーク・ヴィンダルーにはどんなコーヒーを合わせてくれたのかな?
Y)_「ハウスブレンド京都」というブレンドコーヒーを使いました。ブラジルとグアテマラとエチオピアの豆をブレンドしたものです。コーヒーと同じで、スパイスも1種類で使うことはそう多くないと思うので、コーヒーもいろんな豆をミックスしたものを合わせてみようかな、と。作り方はちょっと実験的で。コーヒー、ライム1枚、チリパウダーを一緒にエアロプレスで抽出します。これを冷却し、ブレンダーで撹拌することでフォーム状にします。


K)_実験のようですね。
Y)_ここまで作ったら、グラスに氷を入れて、パイナップルジュースとトニックウォーターいれて軽く攪拌したら最初に作ったコーヒーフォームを浮かべて、最後に軽くライムを絞って出来上がりです。

K)_最初のコーヒーフォームの食感が面白いですね。
Y)_その後にチリパウダーを感じて、少しずつじんわり身体が熱くなっていきます。
K)_このほど良い辛さ、とても好みです。
Y)_このドリンク、カレーに合いますね。酸味が効いていて、すごく美味しい。カレーは食べていると元気が出てくる。このドリンクが合うのは、パイナップルと豚の相性がいいからかも。どこか酢豚のような感覚に近いというか。熟考した結果、もう、パイナップルを使うしかないな! と思ったんです。
K)_カレーにはワインヴィネガーも入っているから、そういう酸味との相乗効果もあるのかも。「ADI」で提供しているチャイトニックというドリンクメニューがありますが、その味に似ています。コーヒーフォームをトップに感じて香りを堪能した後に、深く味わえるのがいい。カレーと一緒に煮込んでも美味しくなりそう、と思うくらいに相性抜群(笑)。
Y)_嬉しいです。結論的なことを言うと、ブレンドコーヒーを選んだからよかったのかもしれません。個性が強いコーヒーを使わない方がより、ポーク・ヴィンダルーの味を引き立たせる。
K)_そうですね。口の中がとてもいい感じに混ざり合う。

Y)_ずっと気になっていて質問したかったのですが、スパイスとは味ですか? それとも香りですか?
K)_香りだと思います。脳がどう感じるかどうか。僕はネパールにいた時にずっとベジタリアンだったんです。野菜とスパイスを使った料理だけで満足できる。香りによる満足感は格別です。
Y)_やっぱり、香りなんですね。今回のペアリングドリンクは、香りに特化した方がいいのか、味をぶつけた方がいいのか、ずっと考えていました。その結果、自分なりに辿り着いた答えは、スパイスの香りや刺激を感じるために、味は強く出過ぎないのがベターだということ。
K)_そうそう。だから、スパイスは日本の食材とすごく合わせやすいんです。日本の食材にはしっかりと旨みがあるから。甘味、酸味、苦味のバランスを取りながら、どうやってベストな美味しさに昇華できるかを常に考えています。
Y)_コーヒーにも甘み、酸味、苦味というのがあって。ブレンドするときは、全体のバンスを意識してブレンドを作っています。実は料理もそれと似ているんだな、と。
K)_そうですよね。
Y)_そして、人が美味しさを感じるときは、香りの印象も大切なのだと、今回改めて気付かされました。ネパール料理にはチャイを合わせるのがベーシックな中で、今日の体験は、カンチャンさんにとってどういった感覚だったのかが、興味深いです。
K)_すごく新しい感覚だった。やっぱりコーヒーは実験的でどこかサイエンスティックだとも思ったし。うちの店のお客さんが喜んでくれそうな味でした。イベントで飲んでいただくのが楽しみです。
EVENT PROFILE
バリスタと料理家/コーヒーとスパイス料理、魅惑のペアリング。
本企画がリアルに体験できるスペシャルイベントを開催いたします。イベント当日は、「ADI」のアディカリ・カンチャン氏をお迎えして、今回の記事で紹介した料理3品とデザート、コーヒー3種(アレンジドリンク含む)の特別なペアリングディナーをご提供します。 2013年のワールドラテアートチャンピオンであり、小川珈琲チーフバリスタの吉川寿子とともに、コーヒーとネパール料理を一緒に味わいながら、深遠なスパイスの魅力とコーヒーの可能性についてトークセッションを行います。
日程:9月13日(土)18:30~20:00 (受付18:00~18:30)
場所:OGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町
登壇者:ADI オーナーシェフ アディカリ・カンチャン氏
小川珈琲株式会社 チーフバリスタ 吉川寿子
提供内容:スパイス料理3種、コーヒー3種+デザート
参加費:12,000円 定員:30名
予約:Peatix(https://ocl250913.peatix.com)
※イベントや提供内容は仕入れや予期せぬ事情などで一部変更になる可能性がございます。