企業方針でもある一粒一粒の豆を大切に「本物」をお届けしていくための大きな軸のひとつは、やはり、“小川珈琲の顔”と言える「オーガニック ハウスブレンド」である。直営店2代目のハウスブレンドコーヒーは、化学的に合成された農薬や肥料、遺伝子組換えなどにできるだけ頼らないオーガニックでできていて、飲み続けるほどに“馴染みの味”として、生活の中で愛おしい存在になっている。その“変わらぬ味”の秘密に迫るために、小川珈琲 京都工場を訪れ、現場を取材。珈琲鑑定士の大浦智史さんに話を伺いました。

持続可能なコーヒー栽培の環境づくりに力を注ぐ。

「小川珈琲 京都工場」の倉庫には、コーヒー豆のさまざまな生産国から原材料である、生豆の入った1袋60kgから70kgの麻袋が届く。パレットに積み、専任のスタッフが丁寧に管理している。

京都市右京区、小川珈琲の本社の近くにある工場。コーヒーのいい香りが敷地内に漂う。SDGsの観点から廃棄していた生豆の麻袋を再生原料として活用することで、廃棄費用や温室効果ガスの発生の削減に繋げている。

厳しい基準をクリアした食品だけに「有機JAS認証マーク」の表示が認められていて、小川珈琲では2001年に京都工場で有機JAS認証を取得。美味しいコーヒーを届けるために、有機JAS認証コーヒーの販売を通して、持続可能なコーヒー栽培の環境づくりにも取り組んでいる。工場の生豆置き場で特筆して目を引くのは、遠いカリブ海から日本に届いた「JAMAICA BULE MOUNTAIN COFFEE」の樽。コーヒー豆を運ぶ役目を終えたら、樽の上に天板を置き、テーブルとしてアップサイクルをして循環させるなど、環境に配慮した取り組みにも力を入れている。

届いた生豆のコンディションを五感で確認するために麻袋に差し棒を入れる。こうしたアナログな作業を経ることで、良質な豆であるかどうか丁寧に判別することも美味しいコーヒーを届けるために欠かせない仕事。

豆の焼き上がりや香りの状態を見極め、焙煎する。

衛生管理が行き届いた焙煎室では、システムを正確に扱う焙煎士の姿が。焙煎機が稼働する音が響くなか、一つ一つの工程にミスが無いよう、真剣に作業を進める姿が印象的だ。

小川珈琲の焙煎機では1回で最大150kgの生豆を焙煎することが可能。

コーヒーの最終的な味わいを決定づける、重要な工程である焙煎。生豆に熱が伝わると、豆の色が徐々に変化し、風味も変化する。焙煎機内は200℃近くまで温度が上がるため、ほんの数秒の差でコーヒー豆の焙煎度合いが変わってしまうという特性がある。焙煎士は、豆に対する熱の当て方や時間をコントロールするのが仕事の要だ。

焙煎士が豆の色、形状などあらゆるアングルで目視し、最適な焙煎具合かを見極めた上で調整している。

そして、サンプルロースターを扱うのは珈琲鑑定士の大浦智史さんだ。日本のNo.1バリスタを決めるJBC(ジャパン バリスタ チャンピオンシップ)の審査員を2007~2014年、コーヒー抽出の国内競技会JBrC(ジャパン ブリューワーズ カップ)の主任審査員を2015年から。また、2016年からJ.C.Q.A認定コーヒーインストラクター検定の鑑定士講師を務めるなど、社外での活躍も目覚ましいコーヒー業界のレジェンドである。大浦さんがコーヒーの味を見極めるうえで欠かせない、サンプルロースターの役割を教えてくれた。
 
「製品用の焙煎機と異なり、最小で焙煎ができるため、豆の焼き上がりや香りの状態をリアルに確認できることが最大の特徴です」
 
生豆の状態は生産国によって異なり、水分が抜けていくタイミングや抜けていく香りなどが異なる。生豆が青緑色→黄色→薄茶色→茶色→茶褐色へと色を深めていく過程、香りの変化をつぶさに感じ、豆の個性を見ながら、一番相応しい味や香りを想像、追求し、実際に飲んで確認する。

同じ豆を使って中浅煎り程度の甘く感じるタイミング、中深煎りくらいの酸味を感じるタイミングなど、豆を焼き分けて変化のグラデーションを確かめ、最終的に味覚テストする。

カッピングをして香りを確かめる。

「コーヒーを挽き、カップにコーヒーの粉を入れたタイミングで香りを嗅ぎ、それぞれの香りを比較します。その後にお湯を入れ3分間置き、カップから立ち上る香りを確認した後、カップの上部に出来るコーヒーの膜をカッピングスプーンで割り崩して、コーヒーに閉じ込められた液体の香りを嗅ぎます。この工程を“ブレイク”といいます。この瞬間に香りが一番、はっきりと濃く出ます。だから、このタイミングを外さずに香りを確かめることが極めて重要。粉とお湯の比率、お湯の温度(93℃程度)を一定にするのがポイントです。新入社員研修でカッピングを教えるのですが、意外とお湯の入れ方が難しい、という声が上がったりもしましたね」
 
こうした一連の作業をリズミカルにこなす大浦さんの手捌きはまるでマジシャンのよう。所作としての美しさに思わず見惚れてしまう。

コーヒーの粉の香りを嗅ぎ分け、それぞれの香りを比較。その後に一定量のお湯を注ぐ。

カッピングすることで、豆のベストな焙煎度合を検討。製品が出来上がる過程の作業もすべて記録に残し、コーヒーの“レシピ作り”をする際の手がかりにしているという。実際、珈琲鑑定士の大浦さんが作ったレシピをもとに、焙煎士が焙煎機でその味を再現するというのがコーヒー作りの一連の流れだ。これまでに小川珈琲のたくさんのブレンドを作ってきた大浦さんだが、珈琲鑑定士になるまでには、どのような道のりがあったのだろうか。

鼻を近づけて、液体の膜を崩した瞬間に立ち上がる香りを感じる。

「僕は1994年に入社し、99年に『ブラジルサントス商工会認定 コーヒー鑑定士コース』を受講するためにブラジルに行き、資格を取得してから、社内で原料と製品の品質管理に従事、珈琲鑑定士として仕事をするようになりました」

オーガニックの「ハウスブレンド」への挑戦。

当時、直営店は40店ほど。その時代に既に支持されているスタンダードなブレンドは当然ながら存在していた。だが、2005年に直営店が改装したことをきっかけに、ハウスブレンドをオーガニックに変える革新的な動きが生まれた。

「直営店で長年お客様から支持されているハウスブレンドがあったので、そこからハウスブレンドをオーガニックに変えるのは、勇気のいることでした。既にスタンダードとして愛されてきた味わいをきちんと保ちつつ、なおかつ、新しい美味しさを追求していくことを目指して作ったのが『オーガニックハウスブレンド』です。現在はホンジュラス、ブラジル、ペルー、エチオピア、メキシコの豆を使ったものですね」
 
これらの5カ国の豆が選ばれたポイントはどこにあったのだろうか。
 
「長きに渡り、お客さまに支持されていたかつての『ハウスブレンド』は、ブラジル、コロンビアがベースのブレンドだったんです。オーガニックのコーヒーは取り扱いが難しく、生産者都合で無くなるということもあります。そうした状況を鑑みながら、できるだけ今後も長く同じような味を表現できる生産国に変更していきたいという想いがありました。お客さまにはより美味しく感じてもらえるように、いつも楽しみに来ていただくお客様の期待に応えられるように、一生懸命努力しています。小川珈琲のコーヒーは、結構しっかり目の味のコーヒーという認識があるお客様が多く、その味に満足してもらえていると思うので。そうした点を損なわないように、安定した美味しさをお届けできるように最終的に選んだのが前述の5カ国の豆になっています。配合は何度か改良を重ねており、5年位前から、現在の配合になっています。コーヒーは農産物なので、気候変動などの影響を多く受けます、今後もお客様の期待に応え、同じ美味しさを提供し続けるために、配合を変えることもあると思いますが、安定した美味しさをお届けするためには必要な事であると思っています」

豆はいわば農産物。それゆえに、同じ生産者が作った豆でも、毎年、味は一定ではないはずだ。そうした状況を踏まえて、一定の基準に味を保つということは、実のところすごいことだ。関わっている人たちの並々ならぬ努力なくしては、生み出せないものだろう。そのことについて大浦さんはどのように考えているのだろうか。

自分の舌を疑い、常にフラットな状態を保つ。

「珈琲鑑定士、ブレンダーも長年やっているとある程度、経験値的に、感覚的に見えてくるものが大きいと思っています。例えば、今年の豆は去年よりもコンディションが悪いと感じたら、別の地域に変えてみたり、配合を工夫してみたり、これまでに得た知識や技術を融合して、お客さまが求める同じ美味しさを提供し続けるように仕事を捉えています。自身の感覚を繊細に判断する状態にするためにも、辛い物など刺激が強い食べ物はあまり食べないようにして味覚をフラットに保つようにしています」
 
店に通うお客様は「いつも同じ味が飲める」と思い、足を運ぶものだ。
 
「だから、ひと口飲んでみて『あ、違うな』と思われたら、僕の負けになる。そうならないように常に細かい工夫をしているというのがリアルなところですね。それが簡単な作業かといえば、決してそうではありません。いつも、安定した味を提供するために大事なことは、まず、自身の感覚を過信せず、自分の舌を疑うことだと思うんです。悲しいけれど、自分の舌はイメージを裏切るもの。だから、自分自身や身を置いている環境がフラットになっているかどうか、注意を払う必要があります。例えば、常にコーヒーの香りに包まれていると嗅覚が麻痺してしまっていたりしますが、実際にその場にいると気が付きにくい事もありますよね、そこに気が付く事が大事な事だと思っています」

大浦さんは「味を正しく知る」ための努力として、現在進行形であらゆるアプローチで模索を続ける。
 
「僕は多くのコーヒーを体験している方が、ひとつのコーヒーの味の立ち位置が明確にわかるように思います。だから毛嫌いせずに、できるだけいろんなコーヒーを飲むようにしています。“理想の珈琲鑑定士”はどんな人物かと自問したとき、自社のコーヒーだけ飲んでいる人はいまひとつだな、と思うんです。 だから、自家焙煎のスペシャルティコーヒーもリーズナブルなコーヒーも、どちらにもアンテナを張って感じることを大切にしています。あとは、朝に同じコーヒーを飲んで自分の舌の状況を見るようにしていますね」

理想の珈琲鑑定士を目指し、努力を続ける。

日々、繊細に味を感じ取れるように努力を惜しまないスタンスは、大浦さんがずっと続けていることだ。実際、舌で記憶している「甘い」「酸っぱい」「苦い」「コク」といったコーヒーの味覚をうまく扱えるようになるまで、どのくらいの年数がかかったのだろうか。
 

「珈琲鑑定士になる以前は、営業のセクションで仕事をしていて。その当時、コーヒーは嗜む程度に飲んでいたくらいで。そんな私が、珈琲鑑定士になるためにブラジルに1カ月半行き、学んで日本に帰ってきて。そのタイミングで上司から『お前、珈琲鑑定士になったのだから、味は全部わかるよね』と言われ続けていたんです。けど、短期間ブラジルに行ったくらいで人間って変わんないじゃないですか(笑)。この仕事に就いた29歳の頃はブレンドを組むときは味を絞りきれずにいろんなパターンを考えていました。自分なりに味覚に関する知見が深まったと感じるのは、10年ほどこの仕事を続けてきた40歳の頃です。自分は20歳上の上司の背中を見ながら仕事を続けてきましたが、その人には経験では絶対に勝てないと思っていて。そうした時に、経験じゃないところで人にちゃんと説得できる何かがなくちゃいけないと強く感じていました。だから『数を飲む』ということと『外に出る』ということは当時、一生懸命やっていましたね。競技会の審査員をすることや資格を取ることなどにも邁進しました。そうした経験が今につながっていると思います」
 
「コーヒーを鑑定する」行為は、プロフェッショナルを極めなければ務まらない。それゆえに、大浦さんの日々の鍛錬は、アスリートが一つ一つの技を磨くような行為にもどこか似ている。

小川珈琲本社に隣接する「小川珈琲 本店」。入り口付近には選りすぐりのコーヒーを常時20種以上取り揃えた、コーヒー豆専用定温ビーンズケースが。1階と2階に開放的な広々とした空間があり、ゆったりとした気分でコーヒーを楽しむことができる。モーニング、ランチ、コーヒーとの相性を考えたスイーツも充実している。

「コーヒーのことになると自分はストイックだと思います。それって、ちょっとしたコンプレックスがあるからだと思います。20年ほどずっとやってきても、自分にはわからないことがあるかもしれないし、先輩たちに意見があるときは説得力を持って話をしないといけない。常々そう思って、自分にとっての理想の鑑定士像に自分を近づけようと『やること、やらないこと』を判断し、地道にやってきました」
 
大浦さんの言葉を辿ると、ひとつのブレンドを作る際、シンプルに味を研究するだけではなく、コーヒーに誠実に向き合い続けるメンタリティもまた大切なファクターであることに気付かされる。丹精込めて作った「オーガニックハウスブレンド」を大浦さんはどのように楽しんでもらいたいと考えているのか。

量り売りの豆を販売。購入する際、好みのフレーバーや味わいをスタッフに相談すると、的確な提案をしてもらえる。ドライマンゴーのような酸味が立った、まろやかながらもしっかりとコクが深い香り豊かな「オーガニックハウスブレンド」も購入可能。

「『オーガニックハウスブレンド』はひとつの味が突出しないようにブレンドしているので、コーヒーだけを楽しんでもらってもいいし、食後の一杯やケーキのお供などなんでも合いそうだと思います。砂糖やミルク、シロップを入れても大丈夫。少し冷めても美味しい満足感のあるコーヒーなのでゆっくり飲んで楽しんでほしいですね。最近の新しい店はいくつかのブレンドが用意されていて、店に行ったら毎回違うブレンドがあるところも。そうしたことも大事だと思うんですが、うちはそうではなくて、飲んでもらうと心が落ち着くような、飲みごたえを意識しています。いわば、『オーガニックハウスブレンド』は、“直営店の顔”のようなもの。店のポリシーが投影されています。実際、『OGAWA COFFEE LABORATORY』でメインとなる『ハウスブレンド』は『小川珈琲 本店』などとはまた違う味なんですよ。そうしたことを踏まえて、私はコーヒー屋にいくと絶対に店の顔であるブレンドを飲むようにしています。高いコーヒーを勧められることが多いですが、まずはスタンダードを飲んで店の考え方を知るようにしています」

 
より「美味しい味」を探るために、大浦さんは日々の研究を欠かさない。コーヒーの本質に深く辿り着こうとするプロフェッショナルとしての仕事のスタンスが、小川珈琲のブレンドを確固たるものにしている。

infomation
小川珈琲 本店
住所:京都府京都市右京区西京極北庄境町75
電話番号:075-313-7334
営業時間:7:00〜19:00 (L.O.18:30)
URL: www.oc-ogawa.co.jp