「小川珈琲」が長年にわたって取り組んできた、サステナブルな活動を体現する場として、2022年にオープンした「小川珈琲 堺町錦店」。コンセプトは、“100年先も続く店”。古都の趣と長い歴史を湛える京町家に、これからどんな珈琲文化を刻み、未来へ繋げていくのか。その試みを7つの視点で紐解きます。

上/建物の半ばにある中庭。日の光や風を取り入れる役割も持つ。 下左/様々な植物が共存するビオトープ作品『OYAMA(IWAO)』 下右/奥庭の木の器は、昭和初期、日本の農家で使用されていたもの。

01. 季節によって趣を変える、京都らしい坪庭

築100年以上の京町家を改装した「小川珈琲 堺町錦店」。表通りに面した間口が狭く、建物が奥に向かって延びている“うなぎの寝床”と呼ばれる造りで、多くの京町家がそうであるように、この店にも、2つの坪庭があります。中庭には、静岡の天城山産の軽石に少量の土をのせ、日本に自生する植物を中心に、合計33種類の植物を植えた作品、奥庭には、昭和初期の飼い葉桶(かいばおけ)に30種類の植物を植えた作品が。ともに、さまざまな場で花と植物の生命力を表現するボタニカル アレンジメンツ 「TSUBAKI」が手がけたビオトープ。木々はゆっくりとした速度で成長し、苔もゆっくりと張り巡らされていく。長く時が経つ中で生育の良いものもあれば、中には淘汰される植物もあるという。この先、どんな風に姿を変えていくのか、見守りたくなる空間です。

 
 

上/季節のフルーツサンドイッチ。トンカ豆で風味をつけた、自家製バタークリームと旬のマスカットをサンド。下/自家製食パンに添えられた餡子や糀バターは京都産。

02. 旬と京都産にこだわった食材

提供するフードメニューは、季節を感じられる旬の食材を使うこと、京都産の食材を使う“地産地消”を心掛けています。季節のフルーツサンドイッチは、自社工房で作った、トンカ豆の香るバタークリームと、いちごやマスカットといった旬のフルーツを、薄くスライスした自家製食パンでサンドしました。色鮮やかな断面で、お土産にされる方も多いメニューです。他に、現代美術家の米谷健さんとジュリアさんが育てた京都産丹波大納言で作った餡子や、牧草のみで飼育された牛から摂れるグラスフェッドバターに、京都「佐々木酒造」の米糀をミックスして作った糀バターなども。地産地消だけでなく、地元食材の新たな可能性も提案していきます。

 
 

コーヒーの個性を引き出し、クリアな味わいに仕上げられるネルドリップ。抽出に熟練した技術が必要。ブルキナファソ産のオーガニックコットンを使ったネルは、洗うことで繰り返し使えます。

03. 日本の喫茶文化を象徴するネルドリップ

店作りを通して、“日本の喫茶文化を再定義”することで、辿りついたのがネルドリップ。昔ながらの喫茶店で行われてきた手法で、抽出したコーヒーは、濃くてマイルド、そして滑らかな質感が特徴です。また、器具が繰り返し使えることにも注目しました。「小川珈琲 堺町錦店」では、GOTS 認証* を取得したオーガニックコットンをフィルター部に使い、岡山の真鍮作家、Lue(ルー)がハンドルを手がけたオリジナルのネルドリッパーを開発。環境への配慮と、本物の味わいの両立を実現しました。

 
*GOTS(Global Organic Textile Standard)認証とは、オーガニックのコットン、ウール、麻、絹などの原料から環境的・社会的に配慮した方法で製品をつくるための国際基準です。

 
 

保存缶のアートワークは、“見えざる土地”をコンセプトに、個性を育んできた“地層”をイメージ化。水彩絵具に煮出した珈琲を混ぜた、深みのある色彩が美しい。「GRANCA」は、HOUSE BLEND 011(DARK)、HOUSE BLEND 010(MEDIUM)、GUATEMALA(DARK / MEDIUM)、ETHIOPIA(DARK / MEDIUM)、INDONESIA(DARK / MEDIUM)、5種のブレンドと焙煎のバリエーション3種を加えた全8種類。

04. エシカルコーヒーブランド「GRANCA(グランカ)」

「小川珈琲 堺町錦店」で提供される「GRANCA」は、同店のオリジナルブランド。8種からなるそのラインアップは、すべて、有機JAS認証や国際フェアトレード認証といった認証を取得したエシカルコーヒーです。珈琲づくりの基盤である地球環境や生産者の暮らしの一助となるエシカルコーヒーだけを提供するのは、コンセプトである“100年先も続く店”を本気で目指して出した答え。「小川珈琲 堺町錦店」では、「GRANCA」を低温(88°C)でネルドリップすることで、旨味を引き出し、濃くてマイルドな味わいに仕上げています。

 
 

上/800 年以上の歴史がある京都・綾部の黒谷和紙を使った、和紙職人・ハタノワタルの作品。下左/画家として絵画制作の傍ら、植物による空間づくり手がける野田幸江によるもの。 下右/富山県に自身の工房を構え、第一線で活躍するガラス作家、ピーター・アイビーのキャニスター。1階のバールのライトカプセルも同氏のデザイン。

05. 京町家を彩る、コンテンポラリーなアート&クラフト

築100年を超える町家を蘇らせるにあたり、クリエイティブディレクター・南貴之氏とインテリアデザイナー・佐々木一也氏が目指したのは、建物の歴史と記憶を受け継ぎながら、100年先も通じる普遍的な美しさと機能性を兼ね備えた店を作ること。吹き抜けのエントランス、木材と調和するモルタルの壁といったモダンな要素のほか、作り手の温もりが感じられる、洗練されたアート&クラフトを配することで、伝統的な町家に新しい息吹を吹き込み、日本古来の美意識とコンテンポラリーな感覚が折衷した懐かしくも新しい空間を誕生させました。

 
 

上/右が京都産小麦100%の食パン。左は京都産小麦に、水和させた全粒粉、蜂蜜を加えることで保湿性を持たせ、 食べやすくも個性的な味わいに仕上げた全粒粉食パン。下左/原材料の京小麦。下右/トーストは、高温の炭火オーブンを使い、短時間でしっとりと焼き上げます。

06. 京都産小麦から生まれた食パン

「コーヒーに合う食材は何だろう」。そう考えて、真っ先に思いついたのがパンでした。“地産地消”を目指し、京都産小麦100%の食パン作りに挑戦しました。タンパク質の含有量が少なく、食パン作りには向いていないと思われていた京都産小麦を使い「100年先も食べ飽きない、毎日食べられる食パン」の実現を監修したのは、京都を代表する本格派フレンチスタイルのブーランジェリー「ル・プチメック」の創業者、西山逸成氏。原料と真摯に向き合い、試行錯誤を重ねた結果、従来の食パンとは異なる独自レシピを開発。砂糖やバター、脱脂粉乳などを無くしたシンプルな食パンは、京都産小麦特有の香り、個性を存分に感じられます。

 
 

上/自家製コーヒーゼリー。黒糖シロップをかけていただきます。下左/昔ながらの少しかための自家製プリン。下右/喫茶店で古く慣れ親しまれてきた定番的なフードメニューを際立たせる、ネーム入りの白い皿。

07.古き良き「喫茶店」の面影

エシカルコーヒーに加え、「小川珈琲 堺町錦店」のもうひとつのテーマは、“古き良き日本の喫茶店文化の再構築”。「株式会社シェルシュ」代表の丸山智博氏監修のもと、古くから慣れ親しまれてきた喫茶メニューのブラッシュアップに取り組みました。例えば、自家製コーヒーゼリーは、ロックグラスにシルバーの食器、レースペーパーを合わせています。まさに昔ながらのルックスですが、オーガニックアイスコーヒーを使用した無糖コーヒーゼリーの下に、「京菓子司 俵屋吉富」のこしあんにエスプレッソを加えた珈琲水羊羹を合わせるなど、新鮮な試みを潜ませています。

 
 

infomation
小川珈琲 堺町錦店
住所:京都府京都市中京区堺町通錦小路上る菊屋町 519-1
電話番号:075-748-1699
営業時間:7:00-20:00(L.O.19:30)
URL:www.oc-ogawa.co.jp/nishiki
Instagram:@ogawacoffee_nishiki