1952年の創業以来、小川珈琲は「京都の珈琲職人」として、珈琲文化の本物の価値を未来に繋ぎ、社会に貢献していくことを目指しています。そのために必要なエッセンスは、本物の味わいとコーヒーを愛する真心。小川珈琲の社員は、珈琲文化の未来に貢献するために、競技会を目指す人材がいます。JLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)で2回の優勝を誇るバリスタの大澤直子さんと、営業でありながら、2025年の同大会で準優勝を果たした佐々木出帆さんにお話をお伺いしました。

美味しいコーヒーを届けるために日々、研鑽を積む。文字にすると、ストレートかつシンプルな行為だが、絶え間なく努力を積み上げ、知識や技術を磨き深めることは決して容易いことではないはずだ。さらに、JLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)をはじめとした競技会に参加することは、ネクストレべルへのチャレンジだと想像される。小川珈琲には、こうした競技会に参加する社風が根付いているようだ。JLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)で2連覇という快挙を達成したバリスタの大澤直子さんに話を伺うと、自らが歩んだ道のりを教えてくれた。

競技会に挑戦する動きが生まれたのは、20年前のこと。
「私が小川珈琲に入社したのは2006年のこと。当時、バリスタという職業が世間に少しずつ認知され始めたタイミングでした。小川珈琲でも直営店でエスプレッソマシンを導入し始めた時期でバリスタを募集していました。それもあって志願し、入社が叶いました。私が入社した当初は、レギュラーコーヒーのサービスしかない店舗に従事していたので、まずは基本的なコーヒーの淹れ方を習得するところから始めました。それと同時期に競技会に挑戦する動きが社内で生まれました。一番メインの大会は、コーヒーの競技会として日本スペシャルティコーヒー協会主催にて開催されてきたJBC(ジャパン バリスタ チャンピオンシップ)。こちらの競技はエスプレッソを通じた評価が基本で、決められた制限時間の中で3種類のドリンクを提供します。『エスプレッソ』『ミルクビバレッジ』副食材を使用してエスプレッソの素材がより引き立つ『シグネチャービバレッジ』と呼ばれる創作ドリンクを提供します。味覚評価だけでなく、その過程を含めて、提供するまでの全ての作業内容の適切性、正確性、一貫性などを評価するものです。小川珈琲からは毎年数名参加しています」

挑戦者は少人数枠だが、そのスタートラインに立つには、どんなプロセスがあるのだろうか。
「社内で希望者がたくさんいるので選考会を実施し、その選考会を通過した者だけが出場できる流れになっています。社内のスタッフによるコーチングがあります。加えて、バリスタ同士が技術の向上のために情報交換し、互いに切磋琢磨してスキルアップを目指しました。皆、ものすごい熱量で努力し続けるのが常です。競技会に出て競い合いたい人もいれば、自身のスキルアップのために出たい人も。そのほかには、抽出スキルやラテアートのスキルを上げることを目的にしている人も。競技会に出しても恥ずかしくない人材を育成することは、私の仕事のひとつであります。磨いた技術によって、大会で優勝することは意義深いことですが、お客様に喜んでもらうことはさらに重要なこと。技術を向上して、お客様に還元していく流れは、私たちが作ってきた“珈琲文化”だと自負しています。店のスタッフはどんなときも、コーヒーを美味しく淹れる事は必須条件。営業スタッフの場合は、取引のある企業にしっかり指導できるスキルが必要です。競技会の参加は、あらゆる場面においてプラスになることだと思います」
2025年のJLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)で準優勝を果たした佐々木さんは、カフェやレストランなどの卸先への営業が通常業務である。ときには、卸先のバリスタに向けたトレーニングを担当することもあるもあるという。

「お取引先様のカフェやレストランのバリスタの方にエスプレッソのトレーニングをすることも仕事のひとつです。そのためには、コーヒーに関する知識だけではなく、コーヒーを淹れるスキルも習得していなければなりません。自身の抽出スキルを高める為の手段として競技会に参加してみようと思いました。」
大澤さんは佐々木さんの指導役でもある。大澤さんは日本チャンピオンの達成を3回目のチャレンジで叶えた。競技に勝つために必要なエレメントとして、自ら経験したトレーニングの内容を後進に伝えることも大事な仕事になっている。

競技会に出るための、技術指導の充実。
「JLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)に関しては、絶対的に美味しいミルクビバレッジを作ることが大事だと伝えました。注ぐテクニックだけが備わっていても勝てないと思っていて。美味しくするためには、やはりエスプレッソの抽出技術、フォームドミルクの作り方がポイントになります。それぞれの美味しさが十分ではないと、ミルクビバレッジとしての完成度は保てません。なので、それぞれの工程の技術を高めるための細かなアドバイスをしています。例えば、ミルクの適切な温度は60度なので、ベストな温度感で作れるようになるために技術を磨いていくことが必要になってきます。やはり、チャレンジする本人がどれだけ頑張れるかなんです」
指導者は、足りない部分を客観的に助言することが役目だ。
「個人の力を引き上げていくためには、トレーナーに助言をいただいて客観的に見てもらうことはすごく大事ことだと思っています。小川珈琲はそうした体制が整っているところが魅力です。頼もしい味方がたくさんいますから。私自身、競技会に出る準備期間は、就業前の7時くらいに会社に来て朝練し、就業後も21時くらいまでに残って練習する生活をほぼ毎日していました。やっぱり繰り返し練習し、しっかり、身体に動きを染み込ませて、自信を持って本番に挑むことが大切です」


技術を磨きあげるための日々の努力。
エスプレッソの抽出、スチームミルクを作る作業は動きこそ静かなものだが、技術を磨くために必要な集中力と鍛錬はアスリート並みのレベルが求められる。実際の競技内容は11分で3種のドリンク(計6杯)を作るという時間制限があり、その中でベストな実演を達成しなければならない。制約や緊張を強いられる舞台は、スポーツの競技さながら。緊迫した状況における実演だからこそ、平常心で臨めるように、日々の練習がものを言う。


勝つためのデザインを、自ら捻り出す。
「審査の基準は、競技者自らが考えたラテアートのデザインの全体的な魅力、提供された写真との一致度、視覚的な表面の品質、コントラスト/鮮明さ、パターンの調和(サイズ、位置)、達成度、全体的な魅力などがポイントになります。加えて、味そのものが美味しくないと勝ち残れません」と大澤さん。
ラテアートのデザインをどうするかが、勝負する上で大切な鍵になってくる。佐々木さんが競技で勝つために考案したデザインは、ウシ、ヘラジカ、サーベルタイガーなど動物をモチーフにしたものだ。


「サーベルタイガーのデザインは、“意外性”や“迫力”にフォーカスしています。ただ写実的に描くのではなく、構図にもこだわりました。このデザインは広角レンズで捉えたような、手前が飛び出して見える構図で表現することで、迫力を感じられるデザインにしています。本番で披露した3つのデザインに辿り着くまで、何十個もボツにしたものがありました。1つのデザインを納得のいく完成度に仕上げるまでには、早くて1〜2週間程、難航したものだと2〜3か月費やしたものも。もちろん通常の業務と並行しながらなので、ハードな取組だったと感じています。」
競技に参加したことで、佐々木さんは大きな気付きがあったという。
「競技会に取り組む上で大切なことは、シンプルですが心身ともに常に健康な状態でいることだと思いました。だから、私生活でなるべく余計なストレスを溜めないようにすることが大事。メンタリティの揺らぎは、何かしらの不安からくるアップダウンがもたらすと思うので、そういうことが無いように本番を想定した練習をどれだけたくさんできるかということが肝になってきます。本番ではジャッジや大勢のギャラリーがいる前で競技を行いますが、僕の場合は営業職なので人前でコーヒーを淹れるということ自体があまり無く、慣れていません。ですので、練習の際は積極的に社内のいろんなチームの人に練習を見てもらったり、本番想定で発表をしたりしてメンタルを鍛えました。それは結果的に他部署も含めた社内の交流にも繋がりました。

“珈琲職人”としての気概。
佐々木さんの地道な努力の積み重ねが功を奏し、JLAC(ジャパンラテアートチャンピオンシップ)準優勝として実を結んだ。
「結果を残せたことは素直に嬉しかったですが、ここで終わるのではなく、今後自分なりに仕事にどう活かすかが重要だと思っています。例えば、この経験を活かしてお取引先様向けのセミナーを開催し、お客様に還元ができたらいいなと考えています。」

チャンピオンシップで賞を勝ち取った実力者である二人。特別な経験を経た今、「珈琲職人」として、大切にしていることはどういったことだろうか。
「やはり、素材の特性をしっかり知って、それをベストな状態で抽出することは珈琲職人としての役目であり、基本だと思います」と大澤さん。佐々木さんも続ける。「コーヒーを嫌いにならないようにすることですね。自分のコンディションに波があるときでも、変わらずうまく付き合えるかが大事です」
一杯のコーヒーの美味しさには、作り手の向き合う姿勢やメンタリティが宿っている。その事に想いを馳せると、コーヒーの味わいに、さらに奥行きが生まれるかもしれない。